混血

    皇宮を出て、ようやくミカドは表情を崩した。 将軍職を解かれたばかりだと云うのに、痛快な気持ちが遥かに強い。馴染みの警備兵に手を挙げて、鼻歌でも歌いだしそうな様子で歩き続ける。送りの馬車は煩わしいから断った。

    久しぶりの皇都なのだ。ゆっくりと歩きながら考えをまとめたい心境でもあったのだ。ともあれ。

    (ようやく動くか、アルテミシア)

    相手は皇族、それも次期皇帝になろうとする姫だが、ミカドには乳兄妹、すなわち妹へ向ける視点が強い。 彼から見ると、アルテミシア・ド・メディシエという姫君は、優しく聡明な姫君だった。 案外好奇心が強く、意志も強い。 本来持つ意志の強さをあらわに、いけすかないイストールを見つめていた様子は胸がすく様子でもあった。

    とはいえ、喜んでばかりもいられない。あのイストールがこのままおとなしくしているはずがないからだ。とはいえ、彼にはもはやアルテミシアを守ることはできない。いや、おそらくは巡回使という役目が彼女が求めるものにつながるのだと思うのだが。

    「「おや、これは我らが不肖の弟君ではないか」」

    ふいにシンクロでかけられた声に、瓢げた笑みを浮かべていた。 相手は皇宮に入ろうとする馬車をわざわざ止めて声をかけてきたのである。男性としては甲高い、綺麗にそろった声は『兄上たち』のものだった。ミカドは丁寧に一礼して、その声に応じていた。

    「これは兄上方、相も変わらずご健勝のようで」

    フン、と見事にシンクロした鼻音が聞こえる。
    馬車の窓からのぞく青年たちの顔は、典型的な帝国貴族だ。ミカドとは違い、見事な金髪碧眼の双子の兄弟は、それぞれステッチを変えた典雅な衣装をまとっている。髪型は明らかに専門家に任せた巻き髪であるし、ここから見ることは出来ないが爪先まできれいに磨きたてられているのだろう。セイブル侯爵家の双子、と云えば、流行の先端をゆく双子として有名だ。

    「不肖の弟といえど、将軍になれたことは我がセイブル家の誉と思っておったが」
    「よりにもよって、アルテミシアさまに将軍職を解かれてしまうとはのう」
    「まあ、仕方ない。侍女腹の弟にしては良く頑張ったもの」
    「それにしてもその野蛮極まりない恰好は何とかならぬものか」
    「いえ、兄上がた。わたくしめには、兄上方のような格好は似合いませんから」
    「「当然じゃ」」
    (毎度のことながら)

    ふたつ並んだ顔を見比べながら、ミカドはのんびりと心の中で呟く。

    (区別がつかない兄上方だよなあ)

    片方がレインフォール、片方がジークフリード、と云う名前であることを知っている。だが、幼いころよりミカドには2人の区別がついたことがない。もちろんそれは、ミカドが別館で育ち、兄たちが本館で育ったものだから、めったに逢う機会に恵まれていなかったことも関係しているだろう。ミカド自身、薄情だと思いつつ仕方のないことだと思うのだが、兄たちにしてみれば「不肖の弟め」と云うことになるのだ。

    そしてこの日も2人の兄は、ミカドを試してきた。

    「さて、ミカドよ。我は誰じゃ?」
    「さて、ヒロユキよ。我は誰だ?」
    (あ、今回は質問内容が優しくなっている)

    すっとぼけたことを考えながら、ミカドは2人を見比べた。右の兄は水色のステッチが入った服をまとっており、左の兄は赤色のステッチが入った服をまとっている。しばらく考え込んで、ミカドは顔をあげた。

    「右がレインフォール兄上、左がジークフリード兄上、ですね?」

    しばらくの沈黙が先に立ち、フン、と再びシンクロした鼻音が響いた。

    「ではアルテミシアさまにご挨拶するとするかのう」
    「忘れてはならぬぞ兄弟。不肖の弟の不始末も詫びなければならぬ」
    「「やれやれ、本当に手のかかる弟をもったものじゃ」」

    ぱちんと扇が閉じられ、ゆっくりと馬車が動き出す。結局正解だったのかそうでないのか、ミカドにはわからないままだ。

    だが完全に馬車が通り過ぎる前、「ユキノ殿は息災であられるよ」と云う声が聞こえたからこそ、正解だったのだと悟った。ユキノとはミカドの母親の名前である。ミカド・ユキノ。かつて皇女アルテミシアの侍女であった人である。

    (わかりにくい兄上方だ)

    それでもミカドは丁寧に一礼して見送った。
    兄たちとは違う、東大陸風の顔立ちに抑えきれぬ微笑を浮かべながら。

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