花束

(困ったなあ……)

それがマヤの正直な感想だ。主人の元に次々と届けられる花束、いずれも高貴なる方々からの贈り物だと知る彼女には決して粗末に扱うことなどできない。ましてや、主人の評判を左右しかねないとあってはなおさらのことだ。先輩の侍女に相談しようにも、主人と同様、皇帝の側近としての引継に忙しいらしく相手にされない。あるいはこれも試練のひとつ、と云えないこともない。

だが正直なところ、困惑する。

花束など貰った記憶がない庶民出身のマヤだからそう感じるのかもしれないが、婿候補の皆さま方は花束などを贈ってなんのつもりなのだろう、と不思議に思うのだ。次期皇帝の伴侶選びは議会によって慎重に定められると聞いている。それともご主人様の意見が考慮されるとでも本気で信じているのだろうか。海千山千の社交界に生きる貴族の方々にしては、信じられない呑気さでもあり世間知らずさでもある。

とりあえず都中の花屋から買い占めたようにも感じられる、花束の居場所は主人の寝室以外にしておくことに決めた。寝室にだけは入れない。なぜなら花の匂いというものは結構きつくて、安眠を妨げる恐れがあるからだ。ましてや激務にある主人を、下心たっぷりの花のために疲労させたくない。花束の贈り主リストを作りながら(のちほど主人に報告するためだ)、花々の置き場所を決めていく。

「やあ、これは絶景、と云えるのかな」

そうこうしていると、背後から快活な声が響く。はっと振り向き、そこに将軍職にあった青年を見つけて慌ててひざまずいた。気にしなくていい、そんなふうに手を振った若者は、ぐるりと次期皇帝たる皇女の私室を眺める。とんでもない無礼ではあったが、この若者にだけは皇女も寛大であったことを知るマヤは対応に戸惑った。そうかと思えば、廊下から先輩格の侍女が若者を追いかけてくる。

「ミカドさま! 無礼でございましょう、仮にも侯爵家の子息たるあなたが、アルテミシアさまの私室に入るなど!」
「やあ、パオラ。や、立ち入るつもりはなかったんだぜ、いい匂いがするところを追いかけていったらここにたどりついただけで」
「見え見えの嘘は大概になさってください!」

(さすがパオラ先輩)

混じり気なしの銀の髪をきゅっと後ろで束ねた先輩侍女は、きっとマヤにも視線を向けた。ひゃっと首をすくめたところで、すくい上げるような声が響く。

「おいおい、パオラ。いけないのは俺なんだぜ? 関係のないお嬢ちゃんにまで矛先を向けるのは感心しないな」
「それでも、ですわ。マヤ、このような不埒な方を姫様の私室に入れてはなりません。いいですね?」
「はい」
「不埒な、って、あんまりじゃねえか?」

ぼやく声は、親しみを覚えてしまうほど、温かい。

正直なところ、主人の婿として、この若者が選ばれればよいのに、と思ってしまうマヤなのだった。セイブル侯爵家の子息であり、主人の乳兄妹でもある。これから皇帝となり、厳しい責務に追われる主人にとって心安らげる存在となるだろうひとだ、と感じてしまうからだ。もっとも、少しは世間を知っているマヤは悲しい気持ちで呟いてしまう。そんなことは実現しようもないのだけど。

「ま、いいや。パオラ、君に託したいものがある」
「なんでございましょう?」

少しばかり警戒した先輩侍女に、若者はふところから小さな箱を差し出し引っ張りだした。そのまま渡されたパオラは、当然の職務として内容の確認をした。しばらく沈黙する。いけない、と思いつつも、好奇心に駆られたマヤものぞきこみ、沈黙した。

「石、ですわね」
「砂漠の薔薇、って云うんだぜ」

薔薇という名があることが信じられないほど、地味な石である。確かに何重にも巻いてあるような形態は、薔薇と云っても良いかもしれない。だが石は石である。絢爛たる花束を見慣れているからこそ、マヤも失望した顔でミカドを見ていた。すると彼は苦笑する。

「手紙に書いたんでな。アルテミシアに渡してから行こうと思って」
「アルテミシアさま、とおっしゃってくださいませ。……もう御出立でございますの?」
「ああ。巡回使としての役割を果たすようになったこと、知ってるだろ」
「出立前のご挨拶にいらしたのですか?」

たまりかねたマヤが口をはさむと、気にした様子もない侯爵家の若者は「いいや」と闊達に笑った。

「準備が出来次第、出立するようにとのことだったからな。必要なことは教えられているし、このまま行こうと思っている」
「で、でも」
「マヤ」

抗弁を封じる、厳しい先輩侍女の呼びかけだった。マヤを封じておいて、先輩はミカドに向き直る。

「それではミカドさまは、――を探しに行かれるんですのね?」
「正確にはその伝承だ。“我が目となり、我が耳となれ”、それがアルテミシアの命令だからな。まずは伝承の集まる街に向かおうと思っている。古き学者どもが集う街だな。幸いにも中立を保っている学び舎だから、帝国の人間でも拒絶はされない」

聞き耳を立てていたマヤだったが、先輩が告げた単語はひそめられた声に聞きそびれてしまった。
だが明快な声に、そうだったのか、と、意識を新たにする。ミカドさまはだから笑っていらしたのだ、とも納得がいった。

やがてミカドはマヤと先輩に見送られて私室を去り、いつもの時間になって、ようやく主人が戻ってきた。今日も疲労困憊というありさまであるが、少しだけ顔色が明るい。楽しいことがあったのだろうか、と想像しながら着替えを手伝い、そしてミカドが訪れていたことを伝えた。

するとわずかに曇る、主人の気色。やっぱり直接に出立を告げてほしかったと思いながらもミカドが残した石を手渡すと、晴れやかな微笑がその秀麗な顔に広がった。不思議に思って、マヤは問いかける。

「それは、ただの石、ですよね?」
「ええ、そうよマヤ。ただの石。でもね、そんなことは小さな問題でしかないの」

心から嬉しそうに、それこそこの私室いっぱいにある花束の贈り主リストを眺めた時よりもずっと嬉しそうに笑う主人を見て、マヤはちくんとした胸の痛みを感じざるを得なかったのだった。

(千の花束を贈られるより、ずっと嬉しい顔をなさるくせに――)

ミカド・ヒロユキをあえて、身近から離してしまわれるんですね、とは、侍女の身からは到底云えない戯言だった。

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