絶対者

「やれやれ、おとなしく講義に集中しているのだと思っておれば」
「ミカド・ヒロユキを巡回使に落としたと云うぞ。あの者、血筋に問題はあれど、指揮能力は確かなものであったと云うのに」
「しっ。代わりに赴かれたのはクルーガー将軍だと申しますぞ。ツィール侯爵に知られたらどう云われるものか」
「いずれにせよ、この度は何とおっしゃるつもりなのやら」

――突然のことである。議会に参加している貴族が、次期皇帝アルテミシアによって招集をかけられることとなった。

なにせ議会に参加するほどの貴族たちである。自負も自尊心も人並み以上だ。次期皇帝とはいえ、喪に服す、などというふぬけた決定をした小娘の命令に従うことには抵抗を覚えるものが多く存在していた。ひそひそと私見を呟き合うところは、庶民とそれほど変わりはない。だがそのことに自覚もないのが、貴族という生き物でもある。

やがて緊張した面持ちの従者が、次期皇帝アルテミシアの登場を告げる。さすがに言葉をひそめたが、イストールに手を引かれて姿を現した皇女に、皆、息をのんだ。皇女はその頭に、ティアラをのせていたのである。中央に輝く宝石を見れば、それが何を意味するのか明白だ。戴冠式も済ませていないのに、皇帝としての冠をのせている皇女に異議を申し立てようと次々と席を立つ者がいた。しかし。

静かに瞳を開き、ぐるりと皆を見据えた眼差しに、息をのまされた。

可憐な容貌に似合わぬほど、峻厳なまなざしを一同に向けていたのである。
その気迫に飲まれ言葉を失う者もいた。
だが当然、そうではない者もいる。筆頭貴族たるセイブル侯爵が眉をひそめてアルテミシアに向かった。

「これはどういう事でございますかな、アルテミシアさま。いまだ戴冠式も済ませられていない身でそのティアラを、」
「戴冠式は済ませました。昨夜、礼拝堂に訪れた教皇様に依頼したのです」
「なんと」

意外な言葉である。なにしろ、1年の喪に服すと宣言した当人がその言をひるがえしたのだから。
だが共に現れたイストール、そして続いて現れたギメスティウス教皇までもが皇帝の意を示し頷いている。
皆は顔を見合わせ、互いの感情を確認し合う。セイブル侯爵は渋い顔をして、さらに言葉を続けた。

「しかしですな、戴冠式と云うものは民衆にお披露目の意味もあるのです。もっと大々的にするものが習わしでございましょう。さらに1年の喪に服す、という言葉をご当人があっさり撤回されるとはいかがなものか、と存じますぞ。さらに」
「悪いと思っております、セイブル侯爵」

まぶたを伏せながらの言葉である。だが言葉には以前にはなかった強い響きがある。セイブル侯爵は初めて眉を寄せ、そんな彼に対抗するようにもうひとりの筆頭貴族が立ちあがった。ツィール侯爵は細面の顔に笑みを浮かべ、とりなすようにセイブル侯爵に向かう。

「まあ、セイブル侯爵殿。アルテミシアさまには何かお考えがあってのことでありましょう。最後までそれを聞いてから、にいたしませんか」
「しかし」
「よいのです、ツィール侯爵。納得できない感情も理解できます。ただ、ようやく現状を知ったわたくしがかつての自分を恥じ、勝手に行ってしまったことなのですから批難されても仕方のないことだと存じます」
「アルテミシアさま」

思いがけぬ言葉を聞いた、というようにセイブル侯爵は言葉を呑みこみ、代わりにツィール侯爵がきらりと瞳を輝かせた。

「と、おっしゃいますと」

凛然とした眼差しで、皇女アルテミシアは告げる。

「一刻も早い、このセレネの統一こそが、わたくしに与えられた使命だとようやく理解できたのです」

その言葉に、貴族たちはざわりと動揺をあらわにした。

それは議会からも繰り返し主張してきたことではある。だが、アルテミシアは、侵略を拒み、それどころかこれまでの国々の解放を訴えてきたのである。冷笑を受けつつもその意見をひるがえすことはなかった。異国出身の妃から生まれたお方だから、という揶揄にも黙って耐え、理性的に侵略を拒んでいたのである。にわかに信じがたい言葉ではあった。セイブル侯爵は渋い顔をし、対照的にツィール侯爵は顔を輝かせている。

「おっしゃる通りでございます、そしてその末には」
「古の種族を率いる魔女を葬り去り、このセレネに人類の居場所を確保するのです。でなければ我らには未来はありません」
「待たれよ!」

鋭くセイブル侯爵は言葉をはさむ。静かな、静かすぎるほどの眼差しでアルテミシアは彼を見返した。

「ならばあなたは、なぜ、ミカドを、息子を戦地から引き戻したのだ。なぜ」
「これは異なことを仰る、セイブル侯爵殿。そこもとの息子殿だけが将軍であるわけではないのですぞ」
「セイブル侯爵には悪く思っております。ですがミカド将軍には魔女の探索に集中してもらいたかったのです。優秀な彼だからこそ、可能な仕事だと感じております。また、クルーガー将軍もすぐれたお方。今後も引き続き、優れた指揮をとっていただけると期待しております」

穏やかに、けれども、異を唱えさせない強さでセイブル侯爵の言葉を封じる。そして同時に対抗勢力であるツィール侯爵の機嫌もとる。これまでのアルテミシアから、全く想像できない姿であり、言葉であった。ざわめいていた貴族たちは、次第に圧倒される。

(これは、本当にアルテミシアさまか……?)
(イストールの講義を受けていたとはいえ、いささか、変わり過ぎではないか?)

そう囁き合う者もいる。イストールに疑惑の眼差しを向けていた者すらいた。
だがギメスティウス教皇が口を開けば、皆、しんと静まる。

「聞くがよい、皆の者。不審に思うのはもっともなことじゃ。だが、アルテミシアさまは改心なされた。真実、このセレネの、皆のためのことを想ってのことじゃ。古き種族、率いる魔女を討伐し、今度こそこのセレネを我ら人類のものにする。でなければ未来がない。わしらが繰り返しおっしゃっていたことをようやく、アルテミシアさまは理解され、受け入れてくださったのだ。君子は豹変す、と、東方の諺にもある。ならば、我らもまた、このアルテミシアさまを受け入れようぞ」
「戴冠式は済ませておりますが、民衆たちに向けたパレードの日程は定めております」

重々しい教皇の言葉に、静かなイストールの言葉が続く。再びイストールに皆の視線が集まった。

「そして同時に、魔女の通達をするように、とのアルテミシアさまのお言葉でございます」

今度こそ皆は驚嘆したと云ってもいい。これまで魔女の存在、侵略の目的は伏せられていたのである。
それが知らされなくとも臣民は従っていた。事実、侵略によって国は潤っていたのだから当たり前である。
だが、真実を明かすと云うのであれば――。

「混乱は必至、でございますぞ。アルテミシアさま」
「いや、それを抑えてこそ、我らの力量が問われるのではないかな」

筆頭貴族である2人が、挑戦的な視線を交わし合う。
とん、と、持っていた笏でアルテミシアは両貴族の注意を惹いた。

いずれにしても、と、重々しく告げる。

「もはやわたくしがこの帝国の皇帝です。皆さまにはそのことをご理解していただきたく存じます」

暗に含められた言葉の意味は明白だった。
貴族たちは慄き、たちまち頭を垂れる。筆頭貴族である2人もやがて頭を垂れた。

その様を見て、アルテミシアはうっすらと笑う。
ギメスティウス教皇はまぶたを伏せ、イストールは眼を細めた。

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