金貨3枚

「片道金貨3枚と云うのは、相場から考えると安いのか? それとも高いのか?」
「安すぎもせず、高すぎもせず、といったところかな。それじゃ身を削り過ぎだ。もう少し薄く皮を削れ」
「……わたしはこういった作業に慣れていないのだ」
「そうらしいな。いいからナイフをこう持て。……そう、それからイモの表面に沿うように、ナイフを動かす。……そうだ」
「う、ん。どうも親指を切ってしまいそうでおそろしいぞ、アル、兄さん」
「態度がぎこちないぞ、エトワール」
「……おまえはあまり名前を呼ぶな、馬鹿」

声を低めた会話を交わしながら、少女に指導している間にも、アルセイドはジャガイモの皮むきを終えて、水を張った桶に放り込んだ。その様子を見た少女は、むっとあからさまに悔しげな表情を浮かべる。わずかに苦笑を浮かべると、隣からすねをけられた。

あれからアルセイドたちは、学園都市ルホテに向かう行商たちの一行に雇われることにした。

アルセイドは下働き、兼、護衛として。髪を黒く染めた魔女は、下働きの少女として。目的地に速やかに行ける上、給金まで手元に入るという具合だ。なかなかの選択だったとアルセイドは満足しているが、料理の下ごしらえに慣れていない少女は少しばかり不満そうだ。ただ、わがままな奴だな、と告げて以来、おとなしく仕事に従事しているものだから、苦笑を抑えきれない。

「よし、むけたぞ! これでいいんだろう、アルセイド」
「……これでいいんだろ、じゃないだろう。嬢ちゃん!」

誇らしそうに向いたイモを掲げる少女の背後に、でん、と構えた中年の女性が立つ。アルセイドは顔をあげ、頭を下げた。この行商の下働きたちを管理している女性である。ところが少女は不満そうに振り返り、唇を尖らせてその女性に反論しようとする。アルセイドは慌てて袖を引っ張ったが、振り払われた。

「わたしにしては大きな一歩なんだ。見てみろ、この綺麗にむけたイモを!」
「はいはいそうかい。じゃあ嬢ちゃんね、桶に山となっているイモを見てごらん。ほとんど坊やがむいたものじゃないかい」

振り返った少女は言葉につまり、うなだれて「すまない」と呟いた。アルセイドは手を伸ばしその頭をなでてやる。 女性は苦笑して、よいしょ、と桶を持ち上げた。しょげている少女に優しい眼差しを向けながら、女性は「ついてきな」と告げる。

「その様子じゃ料理の経過も見たことないんだろ。見せてやるから、ついておいで。それに今後、手伝ってもらうことになるからね」
「いいのか!?」

パッと顔を輝かせて少女は立ち上がる。アルセイドは改めて女性に頭を下げた。

兄妹と説明しているが、まさにそんな役割である。子犬がなつくように少女は女性についていき、アルセイドは馬車に足を向けた。今日はこのあたりに野宿すると云う。既に馬は車からはずされていたが、まだまだ作業は残っている。軽く言葉を交わしながら、作業に入る。このあたりは故郷でもおなじみの作業だから手なれたものだ。作業をしながら、改めて行商の人数を確認する。

雇い主である商人は老人で、早々と張られた天幕に入っている。他にはそんな彼を慕った若い商人2人と、踊り子が1人、吟遊詩人が1人、下働きの人間は女ばかりが3人、それから護衛の人間がアルセイドを含めて6名だ。結構な大所帯と云えるだろう。向かう先が中立地帯であるためか、バラエティに富んだメンバーでもある。踊り子は明らかに帝国の人間だ。だがまわりの人間は気にした様子もない。その鷹揚とした雰囲気も気に入っている。

そう考えていると、護衛係の男の1人がこちらにやってきた。灰色の髪に灰色の瞳、東大陸風の顔立ちをした男である。東大陸の人間と西大陸の人間との混血だと察したが、どこの国の出身かということまではわからない。共通語のアクセントもまるで教科書のような発音でくせがないのだ。だが人柄は信頼されやすいようで、早くも護衛たちと意気投合している。

「アルセイド、これからの話し合いをするから来てくれ」
「わかった」

馬の汗を拭いてブラシをかけていた最中だったが、すでに商人たちと護衛の者が集まっていることを確認して作業を中断することにした。迎えに来た男は、目を細めて馬に手をかける。一度、二度、目を細めながら撫でてやる様子を見ると、剣を持って戦う人間とは思えないほどだ。

だがとっさの身のこなし、歩く気配や払う目つきを見れば、おそらく護衛の中では一番腕の立つ男だと推察できる。飄然とした振る舞いをするが、どこかしら漂う頼もしさがある。ただアルセイド自身、身構えてしまう瞬間があるのだが、人懐っこい笑顔を見ていると警戒することがばかばかしくなる。まだこの男が戦うさまは幸いにも見る羽目になっていないが、少しだけ見てみたい気もしている。平穏な旅を望んでいるくせに、矛盾した想いだ。

「話し合いとは、見張りの件か?」
「ああ。こういうところはきっちり決めておかないと、後で面倒なことになるからな」
「確かに。旅の疲れも出てくるだろうしな。早めにペースを掴めるようにしないと」
「わかっているじゃないか。妹さんとは違い、ずいぶん慣れているようだ」
「妹は、……箱入りで育ったから」
「箱入りにさせてきたお兄ちゃんがいるからだろう。そうに決まっている」
「……。……俺だけの責任じゃない、と、主張しても?」
「主張は聞いてやってもいいが、信じる者はきっと皆無だと思うぞ」

そう云ってグレイは笑いかけてきた。
年上の男ならではの余裕に、アルセイドは少しだけ複雑な心境で笑い返していた。

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