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「愚妹が迷惑をおかけしました」
秘書どのは公私をきっちり分けるタイプだ。だから本日の業務をすべて終わらせてから、そう言って頭を下げた。いま、この場には僕と秘書どの以外はいない。ただ、ほかのメンバーが退勤間際に見せた、心配そうな表情を思い出した。僕を心配していたわけじゃない。あきらかにわかりやすく思い詰めている秘書どのを心配していたんだ。
どうしたもんかな、と考える。
僕はもう王女さまのことなんて気にしてない。はやめに牢から出てこられたし、仕事だって次から次へとうまれてくるから、てんてこ舞いだったんだ。仕事をこなしているうちに、王女さまとその侍女による暴挙なんて忘れてしまってた。
だけど、秘書どのは有能だからなあ。
有能だから、次から次に生まれてくる仕事に頼もしく対処できて、同時に、身内が上司にかけた迷惑だって忘れられないんだろう。僕は有能な上司ではないけれど、そのくらいの状況は読み取れるんだ。
だから、指を伸ばして、頭を下げている秘書どののつむじを押した。
さらさらした髪が指に触れた。ぐいーっと押して、指を離せば、秘書どのは身体を起こして、つむじを押さえた。あ、困惑している。まあ、僕も好奇心からとんでもねー真似をしてしまった自覚はあるよ。なんとか、秘書どのの気分をかえたかっただけなんだけど、ちょっと突飛すぎたみたいだ。自分の拙さを笑ってしまいながら、僕は口を開く。
「おかげで事情がわかった。だから気にしないでいいよ。王女さまも罰を受けたしね」
「しかし」
「どうしても申し訳ないというなら、そうだな、近いうちに食事でもおごってくれたらうれしい。昨日行った店もおいしかったしね。ふだん食べない食事を楽しめたら、十分さ」
僕がそう言ったところで、秘書どのの表情は晴れない。
困ったなあ。これ以上、引きずりたくないんだけど、と考えたところで、秘書どのの表情が変わった。しかたないといいたげな表情になって、口端にかすかな笑みを浮かべる。
「かしこまりました。……どう考えても、それだけでは足りないような気がしますが」
「そこは気にしないで欲しい。そもそも僕と秘書どのは同じ職場の同僚なんだ。持ちつ持たれつの関係だろう? 迷惑はかけて、かけられて、なんだ。気にしないで欲しいよ」
天涯孤独だから、僕には秘書どのに迷惑をかけるような身内はいない。今回と同じような類いの「迷惑」を秘書どのにかけることはたぶん、今後もないだろう。
でも仕事面ではかなり迷惑をかけているからね。フォローもしてもらっている。だから僕は、借り分は僕のほうが大きいように感じてるんだ。
そもそも、王女さまに対して、たいがい不遜だったなあ、という反省もあるわけだし。