巡礼者達

――その場所に訪れたのは、フードをかぶった2人連れだった。

無造作に石を組み立てられた場所だ。ただしそれは巨人でなければ不可能だろうと云う巨石が組み立てられた場所でもある。その足元に1人が歩み寄り、苔に覆われた石を丁寧な手つきで調べた。

残る1人はいらだたしげに、フードを払う。フードの下から現れたのは、うつくしい女の顔だった。繊麗な顔立ちなのだが、くっきりとした意志の強さをうかがわせる瞳がその顔の印象を決定づけていた。女は赤い髪を払い、もうひとりの連れに声をかける。

「ロクシアス兄上、それでこの場所に何があると云うのです?」
「わからない」

いまだフードを外さない人間は、どうやら男性のようだった。まとっている衣服が汚れることもいとわず、巨石の根元を丹念に調べている。女はあからさまなため息をついた。腰に手を当てた際にガチャリという音が響く。どうやら帯剣しているらしい。男から視線をそらし、気分を落ち着けるように沈黙していた女は、再び声を張り上げた。

「何があるのか分からないのに、わたくしをここまで引きずってこられたのですか。アルテミシアがおそらく窮地にあるだろう時に」
「だからこそ、慎重にならなければならない、とわたしは思っているのだよミネルヴァ」

屈めていた腰をゆっくりと伸ばし、男もフードを外した。現れた顔は女に引けを取らず、端麗な顔立ちをしている。ただ女とは対照的に穏やかさと優しさとが前面に出た雰囲気を漂わせていた。

知っている者がいたら、あっと声をあげていただろう。その眼差しの温かさは、いまは帝国皇帝となっている皇女アルテミシアと似ている、と。

「わたしたちがうかつな行動をしたがために、あの子には1人苦労をさせている。いや、それどころか、傀儡とされている可能性もあるな」

たまらない、といったようにミネルヴァと呼ばれた女は首を振った。

「わかっています。可能ならば、今すぐ皇宮に乗り込んでいってあの子をイストールらから引き離したいほどなのです、わたくしは!」
「イストール。彼もまた憐れな人間だ。いまは亡き父上に振り回されている」
「あなたはどなたのお味方なのです、ロクシアス兄上?」
「わたしは誰の味方もしない。ただ、これ以上事態が悪くならないようにと行動しているだけだよ」
「その行動の中には、アルテミシアの無事も含まれているのでしょうね?」
「当たり前だろう。さあ、ミネルヴァ。苛立ちも分かるが、君もここにきて手伝ってくれ。わたし1人では解けない謎もある」

男の呼びかけに、渋々女は動き出した。男が指し示す先には、白骨化した人間の指先がある。細い指でためらいなく触れて、

「死後、1年は経過していると思われます。また、これは指だけがちぎれたものではなく、ほんの一部が地表に出ていると思われます」
「つまり、この石たちは動く可能性があると云うことだね」
「この巨石たちが自ら動いて、この人間を押しつぶしたと? 兄上、正気でいらっしゃいますか」
「あいにくとね、あのイストールたちが施す帝王学を学んでいると、正気と狂気の区別がつかなくなるんだ。いや、常識と非常識の区別、というべきかな。だから追放で済んだことは、もっけの幸いと云えただろうね」

かっと激しかけた妹は、それでも感情のままに叫ぶことはなかった。
兄の言葉に含められた示唆に眉をひそめる。

「おかしいですわね。皇室の秘密を知った兄上を生かしたまま追放したのですか? 秘密が広がる可能性もあったと云うのに?」
「あるいは、もはや秘密のままでいさせるつもりはない、ということかな。アルテミシアが告げた侵略目的を知っているだろう」
「もちろんです。……いえ、待ってください。兄上、なぜアルテミシアが父と重なる行動をしているのです?」

ロクシアスは初めて眉を寄せて、目を伏せた。ミネルヴァは、ぶるり、と身を震わせた。

「兄上。……本当にアルテミシアは無事でいるのでしょうか?」
「無事でいるだろう、少なくともパレードで見ることが出来た姿はあの子のものだった」
「そう、ですよね」

それでも納得しきれない様子でミネルヴァは立ち上がり、二、三歩後ずさり、その場所の全体像を眺め渡した。ただ巨石が組み合わされた場所をおかしな場所だと彼女は思う。地面に突き刺さる形の巨石が6つ、そのうち4つをつなげる形の巨石が1つ。この組み立てには何者かの意図が働いているに違いないだろう。だがそれはいったいどういう意図だと云うのか。兄ロクシアスも立ち上がり、全体像を眺めた。顎に手を当て、考え込む。

「わたしが教わった帝王学では、遺跡を動かすには血を捧げることが必要だと教わった。しかし、どこに捧げればよいと云うのか」
「血を?」
「あまりぞっとしないと考えているだろう、ミネルヴァ。実はわたしもだ。ただ場所によっては血に限らなくても良いようだけどね。髪の毛1本、ようは我々の遺伝子コードが鍵になるらしい」
「イデンシコード? それは一体」
「……どうやら説明している暇はないようだね、ミネルヴァ」

急に緊迫した兄の言葉に、妹は何気なく兄の視線をたどった。思わず目を疑う。何があっても動かないと思われていた巨石がぶるぶると震えているのだ。白骨化していた指が脳裏によぎる。

石が動いて、踏みつぶしたのかもしれない。兄の言葉もあわせて思い出し、思わず抜刀していた。人を踏みつぶせるほどの巨石なのだ、立ち向かえるとは思えない。だが、なにもせずに圧死する羽目にはなりたくなかった。ふわりと巨石が浮かぶ中、落ち着きを取り戻した兄の言葉が響く。

「剣を引きなさい、ミネルヴァ」
「ですが!」
「だからこそ石は攻撃してくる、のだと思うよ。見なさい、明らかになった死体を」

云われるがままにあらわになった白骨死体に目を向ける。石に埋まっていた部分には、平らかになった剣がたしかにあった。だがミネルヴァには兄の落ち着きが理解できない。このまま何もせずに、――だが、巨石に剣がかなうはずもないのだ。これほどの石、切り捨てられるわけもない。

彼ら2人の前に巨石は一列に並ぶ。ぼうっと浮かび上がったものは、文字だ。ミネルヴァには読めない。だが黄緑色に発光する文字を読んで、兄は顔を輝かせた。持っていたナイフで指の先を切り、恐れる様子もなく巨石に近づく。ミネルヴァはためらい、剣をおさめて兄に続いた。巨石の一部に、苔も生えていないつるりとした場所がある。そこに兄は指を押しあてたようだった。

「これはいったい?」
「どうやらこの石たちは、門番であるようだよ、ミネルヴァ。汝が身を示すところを我らに捧げよ。そう書いてある」
「……それも帝王学とやらが教えることですか」
『テイオウガク、ナルホドノウ』

突然だった。子供のように甲高い声が響く。

巨石から響いた声なのだと気づいたのは、数瞬遅れてのことだ。巨石は再び動き、元の場所に戻っていく。そうしてすっかり元通りになった頃には、見たこともない生き物が彼らの前にちんまりとすわっていた。子供のように背は低いが、膝にまで届くひげを生やしている。どうやら成人しているらしい。その小ささとつるりと輝く黒い肌が印象的だ。

「小人……?」
「ちがう。ドワーフですね、あなたは」
「いかにも」

好々爺のような笑みを浮かべて、その生き物は落ち着き払って2人の前にあぐらをかいた。

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