うれた果実

「ミカド・ヒロユキを再び将軍に任命する――か」

皇宮内における、セイブル侯爵に与えられた私室において、ふん、と鼻で笑う音が二重に響いた。

部屋にはセイブル侯爵と双子の侯爵家子息とがそろっていた。皇帝の従者が掲げてきた命令書を恭しく受け取り、耳触りの良い言葉を並びたてて追いだしたところである。

この部屋には盗聴用の設備が整えられていることは、とうに承知の親子だ。それでも、この命令に怒りを覚えないことは不自然だろう、という共通認識の下、双子は感情をあらわにしている。

「莫迦にされているとしか思えない人事ですな。失礼ながらアルテミシアさまは、本気でいらっしゃるのか」
「同じことをわたしも思ったぞ、兄弟。そもそも将軍職を解かれたのはアルテミシアさまであろうに」
「もともとあの莫迦弟は将軍職を嫌がっていた。それを再び任命したところで有難がるとお思いか?」
「有難がる、とは思わないのでしょうな。ただ必要だから任命した。そうとだけおっしゃるだろう、アルテミシアさまは」
「おまえたち、そのくらいにしておけ」

こつこつ、と、侯爵は双子をいさめるように指をテーブルに叩いて見せた。かとおもえば、用意されていたティーカップに指をのせて、ローテーブルに文字を連ねる。

双子の兄の片方レインフォールがフン、とつまらなさそうな鼻息をもらし、気に入りの楽器を引き寄せて演奏し始める。ジークフリートは、父がつづる文字に視線を走らせた。

『この頃のアルテミシアさまに、違和感を覚えるものが多く出現している』

ジークフリートもまた、ティーカップに指をつけた。
応えるように文字をつづりながら、口での不満をぶちまける。

「そうはおっしゃいますが、我らが弟が、つまり我がセイブル侯爵家が馬鹿にされた気がいたしませんか」
『我らにも同じことを囁くものがおります。ただ、それをあのイストールらが気付かぬ道理がありましょうや?』

「この程度で馬鹿にされたなどと、ジークフリート、おまえは人生経験が足らぬようだな。戦場に出てみるか?」
『それだ。あるいは、イストールらにとってはもはやアルテミシアさまは捨て駒なのかもしれぬ』

「ご冗談を。あのような汗臭い場所はミカドに譲っております。我らは別の方面から侯爵家への貢献を成そうかと」
『まさか。他に皇帝位を継がれる資格のある方などおりません。他の皇子皇女らは資格を議会によって剥奪されております』

「やれやれ、おまえたちの貢献とやらで、どれだけの出費があると思っておるのだ?」
『新たに作ればよい。たとえばクルーガー将軍を婿入りさせて、アルテミシアさまに赤子を産ませ、退位させる、とかな』

「父上、文化には貢献するものが必要なのですよ」
『そこまでやりますか、あの者たちは!?』

「限度がある、ということを知っておけ」
『イストールならば、やりかねん』

「いずれにしても」

ぽろろん、と楽器を演奏していたレインフォールは、楽しげにつぶやいた。

「こうもパーティーが続けられておれば、我らの名は上がるばかりでございましょう。父君、ご安心あれ」
「何をどう安心しろというのだ。まったく、っと」

がちゃんとセイブル侯爵は派手に紅茶をこぼした。テーブルが一面、紅茶に染まる。くすり、とジークフリートが笑い、呼び鈴を鳴らした。たちまち現れた侍女に後始末を頼む。忠実な侍女は緊張した面持ちでテーブルを拭き、新たな茶の用意を告げて引きさがろうとする。指で記された筆談に気付いた様子もない。ねえ君、と呼びとめたのはレインフォールだ。

「今宵のパーティーの名目は何かな? いよいよアルテミシアさまの婿殿が決定したとか、そういうことかい?」
「さあ、それは」

困惑した様子で侍女は応える。さもありなん、セイブル侯爵の双子の子息もしっかり候補に入っているのだ。それでも頬を赤らめた侍女は、あのここだけの話ですが、と控えめな調子で告げる。

「新たな都市を攻め落とされたがための祝勝だと聞いております。申し訳ありません」
「やれやれ、悔しいことだな。クルーガー将軍だろう? 我が弟の功績を奪われた気分になるよ」
「ミカドさまでしたら、すぐに功績をお取り戻しになりますわ。大丈夫です」

それではこれで失礼します。
丁寧な一礼と共に立ち去った侍女は、言葉通りのことしか考えていないように見えた。ふふ、と楽しげにレインフォールが笑う。双子のジークフリートがその手から楽器を取り上げ、ぽろろん、と続きを弾き始めた。

「知っているかい、レイン。他国では我が国を”爛熟した帝国”といっているそうだよ」
「ほうそれはそれは。親愛なる宰相閣下に教えて差し上げなければな。ジーク、それはどこの国だい?」
「さて、もう滅ぼされた国だと云うから、名前など忘れてしまったな」

かろやかに、ジークフリートはレインフォールが弾いていた曲を演奏し始める。どれほどうるさく云っても、芸事ばかりに集中して、剣技は凡人以上には鍛えようとしない息子たちに、セイブル侯爵は困ったような、温かな視線を注いで、窓際に足を進めた。

(爛熟した帝国)

それは盗聴器官を通って、イストールらの耳に入るだろう言葉だった。罪もない噂話、として聞き流すには穏やかならぬ言葉だろう。それとも今更のこと、と冷ややかに笑うのだろうか。

経験豊かなセイブル侯爵をもってしても、あのイストールの考えることは読み切れない。先の皇帝陛下が拾ってきた若者、それでいて絶大な信頼を寄せられていた父親にそういうところまでもそっくりだ。

爛熟とは極限まで発達したことを云う。
すなわち、帝国はいずれ滅びる、という言葉に違いなかった。

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