しるし

「シーナさま!」

将軍室を一礼して出ていくシーナは、いつもよりもいっそう疲れているように見えた。

新しく赴任してきたクルーガー将軍は、優秀な将軍ではあるのだが、身分で人を判断するところがある。ところがミカド将軍の幕僚は平民出身の者が多いのだ。ミカド将軍よりこの地を任されていたシーナはクルーガー将軍着任後、すぐに任を解かれた。名軍師と名高いシュナール老はそのままの役職でいられたが、攻撃隊長であった男も任を解かれている。

代わりに役職に就いたのは、クルーガー将軍が連れてきた幕僚たちである。シーナたちは引き継ぎを終えたら皇都に戻るつもりではあったが、肝心のミカド将軍が将軍職を解かれたこともあり、また、そのままクルーガー将軍の軍に加わるようにと命令書が届いてしまった。だから結局のところ、ていのいい下っ端としてこき使われているのだ。

だからエミールは呼びかけたものの、疲労の影の濃いシーナの横顔にためらいを覚えた。
呼びかけに気付いた女性は青白い顔に微笑みを浮かべ、足を止めてくれた。けれど報告するよりもまず、先にその体調を気遣ってしまう。

「あの、またクルーガー将軍が無理を押しつけてこられたんですか?」

するとシーナは微笑みを消して、少し困ったようにエミールを見た。

「エミール。クルーガー将軍はミカド将軍の代わりに赴任されてきたお方です。あまり無礼な物言いはしないようにね」
「あ、と、申し訳ありません」

叱られた内容よりも、むしろ疲れている様子のシーナに気遣わせてしまったことにエミールは詫びた。
だがシーナは気付いていないようで、「よろしい」と微笑んでくれる。その鈍さが少し切なかった。いつもならば聡く気付いて、さらに説教してくる人なのに。

「それでエミール、何の用かしら?」

それで本題を思い出し、エミールはまず右左とあたりをうかがった。
察したシーナは先に立ち歩きだす。空室にエミールを案内し、そして首をかしげた。
エミールは気分を引き締めて、姿勢を正した。

「以前、ご依頼いただいた調査報告をいたしますっ」

すぐに思い当たったようで、シーナの表情も引き締まる。

聞きましょう、と呟いてエミールが促すままに椅子に腰かける。エミールは続いて、テーブルに地図を広げ示した。紅いバツ印を書いた場所がいくつかある。雨が降らず、ついに井戸の水が干上がってしまったために、村民が移動し廃村となった場所だと説明した。数の多さにシーナは青ざめる。

だが、すぐに思い当たったように頷きを返した。

「別部署の者から聞いています。兵の志願をする者が増えたと。単純に喜んでいたようですが、それは実質、住処を失ったもののなれの果てだった、とも考えられますね」
「それだけではありません。スラムの住民数を増えたところ、急激に増加しています」
「スラムまで? ……うかつだったわ、クルーガー将軍の云いつけを果たすことばかりにかまけて、基本的なところのチェックをサボっていたことになるわね」

眉をきゅっと寄せて、自分を責めるように呟くシーナに、ぎゅっと拳を握りしめていた。

「それは、違うと思います」
「え?」

きょとんとした意外そうな顔が、シーナを年齢よりも幼く見せる。

「侵攻もクルーガー将軍の役目ですが、それ以上に街の治安維持将軍のお役目です。ですから任を解かれたシーナさまが気にかけることではないと思います。下手をすれば、越権行為と受け取られかねませんん。なにしろ、クルーがー将軍は、その、」
「ありがとう、エミール。云いたいことはわかったわ」

エミールに最後まで云わせず、かつての副官は微笑む。
でもね、と表情を引き締めた。

「越権行為と云われたとして、それがなんだというの? 実際に困っている民がいる。それは見捨てるなとミカド将軍はおっしゃっていた。そしてわたしはいまでもミカド将軍の副官のつもりです。ならばミカド将軍の命令に従うべきでしょう」
「シーナさま、それはっ」
「大丈夫。ちゃんと越権行為と受け取られないようにうまく運ぶわ。たとえば、シュナール老に報告するなり、ね?」

焦って制止しようとしたエミールは悪戯っぽく笑うシーナに言葉を失う。
確かにその手段がある。だが大丈夫なのだろうか。

「それにしてもやはり、雨量の減少は思ったより深刻な事態となっているようね」

エミールの心配を別方向に向けるように呟き、シーナは瞳を細めて窓の外を見つめた。

「いやだわ。何が起こっているのかしら、この世界に」

どうして雨量が急激に減少しているのかしら。
物思わしげにシーナは呟いた。

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