宝箱集配人は忙しい。

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     目を閉じたままでもわかる。僕はふわふわとしたやわらかなものに包まれていた。やわらかく温かく、心地いい。うっとりと唇がほどける。自らの、そんな動きで意識が戻る。

     でも瞳は閉じたままだ。

     なぜってとても心地よかったんだ。心の底からくつろいで、身体を預けていられる。そんな感触はひさしぶりだったから、この感触をもっと満喫していたいと願ったんだ。

    「……おい」

     だから聞き覚えのある声が、思ったより近くに響いたとしても、このままでいようと考えた。わずかに引っ掛かりを覚える声だとも考えていた。でもどうでもよかった。

    「おい」

     僕はとにかくこのまま眠っていたくて、頑なに目を閉じていた。肩に何かが触れる。煩わしくて、僕は寝返りを打った。するりとその何かが離れた、と思いきやだ。

    「おい! 起きているのだろう、人間!」

     その声と言葉に、僕は一気に覚醒してしまったのだ。

     僕に向けられた言葉の強さと勢いに負けて、思わずパチリと目を開けてしまったのだ。

     心地よさは直ちに霧散し、はあ、と失望のため息をこぼした。なにもかもが、すべての情報が、一気に僕に押し寄せる。事態を把握する。どうやら僕は生きて、寝台に横たわっている。傍には加害者たるダークエルフがいた。最悪の目覚めだ。

     横たわったまま、そのダークエルフをジロリと見上げると、彼女は顎を引いた。僕はわざとらしく、ふう、とため息をついて起き上がる。「おい」とあわてたような声が聞こえたが、あるべき痛みは感じない。右手を動かして首筋をなぞれば、傷跡すらなかった。

     誰かが癒してくれたんだ。覚醒した瞬間から理解していた現実を認識しなおせば、あの貴公子を思い出した。チラリと横目でダークエルフを見る。その様子を見て、うん、と己の推測の正しさを確認できた。彼女の目つきは、傷を負わせたことを後悔する者の目つきではなく、また、癒しの効果を確認する者の目つきでもない。僕は息を吐いた。

    「……ここはあなたがたの根拠地ですか」

     しぶしぶ敬語を使った理由は、相手を刺激しないためだ。なにせ、貴公子に、……魔王に近づいただけで攻撃してきた強者なのだ。慎重に振る舞うべきだろう。

     僕がそんなふうに気を遣ったというのに、ダークエルフの彼女ときたら、何事かに驚いたように目を見開いた。訝しく感じて、ダークエルフを見直す。僕と目が合うと、パッと目をそらす。「そうだ」ーーそんな応えが聞こえたけれど、はっきりしない。ただ、ガタンと椅子から立ち上がり、寝台に腰掛けたままの僕を見おろしてきた。

    「陛下がおまえを癒し、ここに連れてきた。わたしにおまえを見張るようにとお言い付けになられて、おまえの目が覚めたら知らせるようにと言われている。報告してくる」

     そうとだけ言って、ダークエルフは部屋を出ていく。

     おいおい、という気持ちになった。王女さまの侍女を上回るほどの粗忽さだ。魔王は僕を見張るように言いつけたんだろう。その僕を、おまけに傷が完璧に癒えて自由に動き回れる状態の僕を一人で残して、報告に行ってもいいと思うのか。

    (まあ、大人しくしているけれどね)

     一人になれたから落ち着いて、ゆっくりと部屋を見渡せば、心地よく整えられた部屋だとわかる。王族の部屋にも引けを取らない調度は、魔族の風評を思い出せば意外だった。

     だからこそ理解できる、僕の扱いに苦笑してしまいたい気分になりながら、ぽすんと寝台に倒れ込んだ。心地よい感触、でももう眠れない。認識した事実に困惑してたんだ。

     あの貴公子は魔王で、でもきっと僕が知る貴公子のままだという事実に。

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