指輪

この待遇の違いはなんだ。
お金持ちの子息という誤解が解けて以来、アルセイドはその疑問を捨てきれないでいる。

今アルセイドがいるのは、海賊の島だ。いちばんの下っ端として、台所仕事を手伝わされている。だが、同じく人質であった魔女は、悠々と海賊の島を歩きまわっているのだ。何の労働もすることもない、あの海賊のお頭とやらの命令でそれが許されたのだと云う。

「だからよぉ、アルセイド。おまえも鈍いよなあ」

同じく下働きとして働いている男(彼も人質だったが身代金は取れなかったから働かされているらしい)が、昼ごはんの残りを食べながら一説ぶったものだ。ご飯の食べカスが散ってきて、アルセイドはちょっとだけ皿を引き寄せた。

「おまえのつれ、大した美少女だろ? だからお頭、ひと目ぼれってやつをしたんだよ」

意表をつかれたアルセイドである。だが、そこは家族持ちであった彼だ。
たちまち納得したものの、納得できていない。

つまりそういう成り行きは理解できたが、あの魔女に一目ぼれすると云うことが納得できていないのだ。

確かに美少女ではある。そして人の恋愛に口出しをはさむことは野暮の極みである。あり得ないことも恋愛では起きてしまうことも知っているが、だからといって魔女である少女に、と考えを進めて、アルセイドは気付いた。海賊の頭は魔女が魔女であることを知らないのだ。単純に外見だけで判断し、魔女を優遇しているのだ。そう考えると、やはり待遇の差が腹立たしく感じてしまうのだった。

「おい、アルセイド。夕食が出来たから、これ、お頭に運んでやってくれ」
「わかった。しかし人質として捕まったくせにお頭と呼びかけるとは、あんたは律義な奴だな」
「だってよお、結局人身売買されなかったし。ご飯は喰わせてもらえる給金もらえるしよぉ」

そうなのだ。アルセイドはそのあたりの器量を大した男だと思っている。
かつて所属していた盗賊団の頭は、決して容赦というものをしなかった。ましてや、給金というものも支払わなかった。アルセイドがいまだ細身であるのはそのためもある。ろくなご飯を与えられることなく育ち、自警団の団長に盗賊団が捕まるまで、ずっとそういう生活しか知らなかった。だから毎日、頭の機嫌伺いに走り、足を引っ張り合う盗賊団を見て育ったのである。

同じ賊とは云え、あの盗賊団の頭と、この海賊の頭は、器というものが違う。

そんなことを考えながら、海賊の頭の部屋に食事を運びに向かった。するといつも閉じられている扉が、半開きになっている。何かあるのかと思えば、その声が聞こえてきた。

「つれない方だな、あなたは。わたしがこれほど心をこめてもなびいてくださらない」
「なびくもなにも、おまえはわたしの信頼を得ていないだろう? わたしの信頼を得る過程をすっ飛ばして何を口説いているのだ」

ぴたりと足を止めていた。
魔女と知り合ってからというもの、呆然と立ち尽くすことが増えたがこれはとびきりだった。

「人質としての身分から解放し、そしてこの島で自由にふるまっているだけでは?」
「人として当然のことではないか。なにより、わたしはここではないところに行きたい。それを抑えている身で何を云っている」
「……あなたに。立ち去られたくはないのですよ。わたしの元から」

切ない響きの声が聞こえ、吐き出す息の音が聞こえた。そして、気を取り直したような声を聞く。

「まあ、いいでしょう。今日はあなたに受け取ってもらいたいものがあったのです」
「ドレスだのなんだのはいらぬぞ」
「いえ、そういうものではなく……」

曖昧に途切れた言葉の続きが気になって、アルセイドはそっと部屋を覗き込んだ。すると指輪を渡そうとしている姿が見えた。息をのむ。

さらに驚いたことは、魔女が興味深げにそれを受け取ったことだ。
ふ、と笑い。

「では、いただこう」

そう告げた魔女を見ていられなくなり、アルセイドは、夕食をその場に置いて立ち去った。その後は無茶苦茶に歩いたから覚えていない。だが1人になれる場所になり、ようやく頭が冷えた。

(わたしは人の和を待つ)

そうだ。魔女は人の和を待つと云っていた。
スティグマの和を成すのは、アルセイド自身の問題だ。自分で決めたことだ。

魔女がそれに協力しなければならない義理はない。
惚れた男の元でアルセイドの行動を待つと云う選択だってあるのだ。

ただ、アルセイド自身、ここまでその事実に動揺していることが意外でもあった。

なにせ相手は魔女であるし。亡き家族の面影も胸にまだある。妹のように育った少女はいずれアルセイドの花嫁になる予定だったのだ。鈴蘭のような、可憐な少女。それなのに魔女の存在くらいで揺れることは、彼女への不実に思われてならない。

(だが、それでも――)

さざ波立つ感情を抑えきることが出来ない。不快だ。魔女が自分以外の男と心を分け合うことが。
魔女が、指輪を受け取るところを見る羽目になったことが、たまらなく不快で、痛くてたまらない。

だが――。

「アルセイド!」
「おお、ここにおったかよ」

いまいちばん聞きたくない声が響いた。そして続いた声に、ふと、仕事を押し付けてきたことを思い出した。拳を握る。振り返る。魔女と下働きの男は共に笑顔だ。アルセイドは横を向き、無言のままだ。魔女は駆け寄り、満面の笑みを浮かべる。

「喜べ、アルセイド。わたしたちは共にこの島を出ることになったぞ」
「……。……。……。は?」

訊き違いかと思ってアルセイドはその単語を吐き出していた。魔女は、もどかしそうに、首を振る。

「だから、この島をわたしたちは出ることが出来るようになったのだ、と云っているのだ!」
「どうして」

すると魔女は、フン、と胸を張る。

「わたしがあいつから貰った指輪を、身代金代わりにあいつに売りつけたからだ」

意識が空白になった。

ちょっと待て、それが最初に思ったことである。あの情景を思い出した。
あの、明らかな結婚申し込み指輪を、頭に売った??
視線を流せば、下働きの男も、困ったように笑っている。

「まあ、そんなわけだからおまえさんたち、この島から追放だとよ。お頭が、穏やかに皆に云っていたから大丈夫だぞ」
「? なにかまずいのか?」
「……。まずいに決まっているだろう」
「いや、アルセイド。肝心なところはお頭も云っていなかったから、おまえさんの心配は大丈夫だ」
「? だから、なにが」

切ない男ごころがわかっていないらしい魔女の様子に、アルセイドは天を仰ぐ。
さすがに同じ男として、気の毒に感じるのだ。

結婚指輪(だろう)として渡した指輪を受け取ってもらえた、かと思えば、すぐさま身代金の糧にされるとは。

理不尽なもので、じろり、とアルセイドは魔女を見下ろした。

「おまえ、なにをしたのかわかっているのか」
「わかっているぞ。スティグマの和を成すためには、ここで海賊の求婚など受けていられないと云うことだ」

むしろ落ち着き払った眼差しで魔女は告げる。その言葉にアルセイドは二の句が告げない。

「命よりも名前よりも、大切な役割の元にわたしは生きる。わたしは夫にそう誓った。だから何があっても、スティグマの和を成すおまえから離れるわけにはいかないのだ」

凛然とした眼差しで、強く云いきる。
何気なく目を細めて、アルセイドは少し笑った。笑うしかなかった。

そうだ。相手も自分と同じく、家族を失ったばかりの存在だった。

なにより、お互いに役目があると心定めたのだった。
スティグマの和を成すと云いだしたのは自分自身でもあったのだ。

だから、ここでしょぼくれている理由などどこにもない。

(今は、成すべきことを――)

一瞬だけ強く瞑目し、そしてアルセイドは魔女に引っ張られるままに歩き始めた。
下働きの男が微笑ましそうに笑っている。

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