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「友人と言ってくれるのか、--まだ」
厨房に向かう足を止めて、貴公子がポツリと言う。
心細げな様子に、僕も引きずられるように足を止めて、苦笑を浮かべてしまった。
「少なくとも、あなたは僕を害そうとしたわけではありません」
「うむ」
「それどころか、あなたは僕の傷を癒してくれた」
「……うむ」
「そうしていまは、僕の腹を満たすために自ら料理の腕を振るおうとしてくれている。そんな存在を友と呼べないのなら、僕には友達は一人もいないということになる。……いやですよ、そんなのは」
「そうか」
貴公子はちょっと笑って、再び歩き始めた。
そんな彼を追いかけて、僕はためらい、口を開いた。
「どうして世界を滅ぼそうとするんです?」
先を歩く貴公子は、歩みを止めない。この近さなのだ、聞こえないはずがない。僕の声はちゃんと貴公子に届いていて、それでも答えられない、ということなんだろう。
僕はちょっと悔しく感じた。
でもしかたがないともわかっていた。僕は貴公子を知っている。だからこそ、その彼が、世界を滅ぼそうとする理由は、よほどの理由があるはずなのだ。その理由を直接的に訊ねたくらいで教えてもらうなんて、友人という関係にいささか甘え過ぎなんだろう。
貴公子が足を止めて、僕を振り返った。
「さあ、厨房についたぞ。何が食べたい? 食材ならば、そなたたちが口にするものと変わらない。そなたが望むものを作ってやれるはずだ」
「では、まずはリゾットを」
僕はお腹をさすりながら、即座に答えた。
もう、お腹と背中がくっつきそうなのだ。なにしろ、昨夜から僕はなにも食べていない。軽い絶食状態が続いている僕の胃袋のために、優しい食事をするべきなんだろうと思ったんだ。
考えなければならないことは、ひとまず、お腹を満たしてから考えよう。