通行許可

「体力がおまえほどあるわけではないのだ」

ぶちぶちと云い訳を繰り返しているのは、アルセイドの後方を歩く魔女だ。
それほどの速さで歩いているつもりはなかったアルセイドは、足を止めて魔女を待つ。一刻も早く辿り着かなければ、と、気が焦っていたらしい。わずかに引き戻って、魔女に手を差し出す。

きょとん、と、珍しい表情を浮かべて、魔女はふい、と顔をそむけた。頬がわずかに紅い。照れているのだ、とすぐに悟り、引っ込めた。再び前を向いて、ほころぶ唇を隠した。歩くペースは先程までより落としている。

アルセイドたちが向かっているのは、魔女が告げる古の遺跡だ。すなわち、ガイアとセレネの交流が盛んだった時代から存在していた建造物ということである。

あれから魔女に話を聞いた。あろうころか、ガイアの回復が進んでいるというのに、管理者である帝国皇帝がガイアとセレネをつなぐ橋を破壊したと云うのだ。だからこそ、その橋を修復しなければならない、と魔女は告げたのだ。その為に訪れた、遺跡である。

「ガイアの橋を修復するのは、時間がかかるのか?」
「少なくともいまならば、セレネの魔法期限が切れるには間に合うだろう。ただ、肝心の直し手が引き受けてくれるかどうか」
「? 誰に依頼するつもりなんだ?」

すると魔女は足を止めて、いわく言い難い顔でアルセイドを見上げた。

「ドワーフだよ」
「……それは」

これから説得するスティグマの種族の内にひとつだ。魔女は再び歩き出しながら、言葉を連ねる。

「ドワーフはとかく、結束が強い一族でな。一族の意思がひとつにまとまるまで行動はしない。だからおそらく橋が壊されたことで、人類全体がこのセレネを奪うつもりだとみなしているだろうさ」
「それは、」
「だからアルセイド、おまえは同時に、そんなドワーフをも説得しなければならない。ちなみにわたしは、ヒントを与えることは出来るが、最終的に頼ることが出来るのは自分自身と思っておけよ。わたしが口出すことで、こじれていくものもあるのだ」
「それは、……おまえが竜族の長の妻だからか」
「それもある。だが同時にわたしも人間だ。少なくともやつらはそう思っているだろうさ」

ふとアルセイドは胸をつかれた。
あれから魔女は竜族とかかわりを持っていない。だが人類としても認められない。
ならばこの魔女のよるべはなんだと云うのだろう。人類であり、竜族であり、善き魔女である彼女は。

「――短針」

だからアルセイドは、そう呼びかけてみた。魔女は目をみはり、莫迦だな、と返してきた。

「おまえはわたしのことを孤独だと思っているだろう。竜族からも人類からも疎外された人間だと?」

図星をつかれて、アルセイドは唇を閉じた。
莫迦だな、ともう一度云われる。だが、温かな響きだった。

「そんな気遣いは無用さ。なぜならな、わたしはわたしという種族なのだ。善き魔女であり、アルテミシアという名を持ち」

自らの名前を呟く時には、さすがにつらそうな表情を見せた。
帝国皇帝にかけられた呪いが響いたのだろう。

「竜族であり、人類でもあり、短針でもある。これだけの特徴が集まっていれば、同じ生き物などそもそも期待しない。それにな、」

つん、と、アルセイドの胸をつつく。

「おまえにもこの中に大切な人間を抱えているだろう。そ奴らに向かって自分が孤独だなどと云えるか?」

はっと意識が開かれた気がした。ゆっくりと右手で胸を抑える。
響く鼓動、だがもはや鼓動を動かせなくなったものが記憶に在る。

(ああ、そうだ)

アルセイドの知る限り、死にたくて死んだ存在はいない。そして楽な死というものを迎えた者もいない。
皆、殺されていった。理不尽な刃に、アルセイド自身も味わった壮絶な痛みの末に死を迎えた。
痛みにとらえられ死んでいった、不当に命を奪われた存在に、自らが孤独などと訴えることが出来るのか。
なによりも、孤独を感じて心が痛んだとしても、アルセイドの健康な肉体は死にはしない。

「俺は大丈夫、そう云って胸を張るしかないな」
「わかればよろしい、――さて、ついたぞ」

そう云って魔女が示したのは、石が並んでいる場所だった。まるで床から生えているような石が円を描くように並んでいる。そのひとつの前に立ち、魔女は楽器を演奏するように指を動かした。アルセイド、呼びかけに招かれる。

「髪を切ってもらえないか」
「は?」

何を云いだしたのか、と思っていると、魔女は微笑んだ。

「この際だから、長針であるおまえも遺跡を利用できるように登録しようと思ってな。髪を一本分けてくれ」
「それだけで、いいのか」

アルセイドは何となく納得できない気持ちを抱える。ともあれ、ぷつ、と髪を一本ぬいた。
そのまま手渡すと、魔女はさらに指を動かし、そしてどうした仕組みなのか、ぽかりと石に穴が開いた。その中にぽい、と魔女はアルセイドの髪を放り込む。再び石は元の表面を取り戻した。さらに指を動かす。石がぴかぴかと点滅する。そして最後に大きく、魔女がぽうんと石を鳴らせた。

すると、ごごご、と低く地響きが聞こえた。そしてぽかりと地面がぽかりと開く。さあ、と魔女が振り返った。アルセイドは頷き、歩き始めたが、ごわんと云う音を立てて空気にぶつかった。あ、と魔女が呟いた。

「云い忘れていたが、アルセイド、ここには目に見えぬ壁があるのだぞ? だから指を切って血を押し付けるがよい。そうしたら壁がおまえに対してだけ開かれる」
「……そういうことは、もっと早くにいってくれないか」

額を抑えながら告げると、魔女は軽く肩をすくめて先を歩き始めた。ぷつ、とナイフの先で指をついて、そしてぺたりと空気に押し付ける。するとふわん、と吸い込まれるように魔女の姿が消えた。アルセイドは目を疑ったが、だがすぐに指をついて血をぷつりと出した。そして半信半疑ながらも、たしかな感触がある空気に手を押しあてた。するとふうっと空気が抵抗を失う。吸い込まれるようにその場に立っていた。

薄暗い場所に立った魔女は、にやりと笑った。

「では行くとするか。長い時間を歩くことになるから、覚悟しろよ?」

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