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「さて、腹を満たしたところで、これからの話をしよう」
やがて食べ終えたとき、貴公子は食後のお茶と茶菓子を用意してくれた。
つくづくまめな人だと思う。
僕は遠慮せずに茶を飲み、茶菓子を食べた。ああ、この茶菓子、バターワッフルには発酵バターが使われている。やっぱり焼き菓子はこうでないと、と考えていたからこそ、貴公子の発言に、僕は首を傾げた。
「これからの話ですか」
「……忘れていたのか。そなたは人間であるにも関わらず、魔王に囚われてるのだぞ」
呆れた様子で貴公子が言うから、僕はムッと唇を結んだ。
「忘れていませんよ。ただ、僕は元の場所に戻れないでしょう? だから困惑しているだけです」
呑気に飲み食いしているけれど、状況を忘れるはずがない。
僕は人類の敵である魔王の秘密を、そして魔王が人間の街に出没する事実を、知る存在なのだ。普通に考えれば、そんな存在を放置しておけるわけがない。
良くて監禁、悪くて口封じのために殺害だ。
できれば監禁を望みたいところだなあ、と考えていると、貴公子は息を吐いた。
「そなたが元に戻ってもいい方法はある。それはわたしに関する記憶を封じることだ」
「あなたに関する記憶を?」
貴公子の言葉を繰り返して、僕は目を丸くした。
そういう方法があるのか、と感じたんだ。でも考えるまでもなかった。
「それはあのチーズリゾットに関する記憶を忘れるということでもありますよね」
それはいやだなあ、と続けると、貴公子は苦笑した。
反対に、どこか苛立たしげに、ダークエルフの彼女は口を挟む。
「おまえ、そう言いながら実は、陛下に関する情報を自国に持ち帰りたいと考えているのではないか」
剣呑な様子だったけれど、僕はケロリと肯定した。
「そりゃね。そう思いますよ。魔王は恐ろしい存在ではない、話が通じる相手だという事実を知らしめて、勇者を引き上げさせることができないかなあ、と考えましたよ」
「おまえ……!」
「でも僕の友人は、そんなことを望んでいない。だから監禁を望んでいるんですよ」
そう言いながら貴公子を見つめれば、貴公子も真っ向から僕を見返してきた。
(ああ、)
やっぱりだ。貴公子は僕の考えを聞いても、人間の、世界の敵である魔王であることを止めようとしていない。憎悪でもない、怨恨でもない。ただ、僕が自分の仕事をこなすように、彼もこなすべき仕事として魔王活動を行なってるのだろう、と推測できた。
仮にも友達なんだ、その程度は、わかる。
「……そなたは、自分の仕事を愛しているのだろう」
今度は僕が、苦笑した。
「愛している、というほどではありませんが、自分で選んだ仕事ではありますね」
「わたしも同じだ。魔王であることを、自分で選んだ」
「そうなんでしょうね。あなた自身は人間を憎んでいるわけでもなければ、恨んでいるわけでもない。僕を友人にしてくれたことからでも、それはわかりますよ」
「その通りだ」
「陛下!」
悲鳴のような声を、ダークエルフの彼女はあげた。
うるさいな、と、僕は考えた。仮にも、僕の命を危機にさらした存在に対して思うには、ちょっとばかり不遜な考えだったかもしれない。でもそのくらい許されるだろう。
僕は、まさに友人を失おうとしているのだ、この瞬間に。