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「あなたは僕の記憶を封じるつもりなんですね。さっきの言葉は提案じゃなくて、通達だったわけだ」
貴公子は長いまつ毛を伏せて、でもすぐに僕を見返す。
「そうだ。そなたの生活を守るには、命を守るには、これがベストだ」
「でもそうすることによって、あなたは僕を失うことになる。ここまで知った、友人を」
「かまわぬ。そなたはわたしを友と呼んでくれたからな」
貴公子はそう言って、しあわせそうに笑ったけれど、僕の苛立ちは増した。
「一方的ですよ。僕はあなたという友達を失いたくないのに」
「わたしは変わらぬぞ? いつもの宿屋にいる。また、あの酒場に行くこともできる」
「でもあなたに会えるのは、勇者があなたを討つまでだ。そのあとは、僕の前から消えるつもりなんでしょう。勇者は本当にあなたを滅ぼすことはできなくても、戦うことになれば、あなたは大きなダメージを負ってしまう。あの路地で見つけたときのように」
僕がそういえば、貴公子は苦笑した。ダークエルフの彼女は鋭く息を呑む。
「そこまで、わかっていたのか」
「繰り返しになりますが、僕はあなたの友達ですからね。そのくらいはわかります」
「おまえ……」
ダークエルフの彼女が、何かを言いかけていたけれど、知るもんか。僕の友人の助けにならない存在の、言い分なんて、聞いてやるものか。ただ、僕は、目の前の、決意を固めてしまった友人を睨んだ。思いっきり、睨んだ。
「バカですよ、あなたは」
「……そうかもしれないな」
「わかってない。僕はあなたの思いつきもしない方法を考えつくかもしれないのに」
「わかっていたが、そなたは本当に不遜だ」
だが、その不遜さも今となっては愛しく思える。
そう、貴公子が告げたときから、僕の意識はゆらめいていた。飲み物も焼き菓子も原因じゃない。この人は友人に出す飲食物に、毒に値するものを入れたりはしない。
単純に、魔王としての力が、僕に働きかけてるのだ。
「本当に、バカだ」
なんとかそう言い終えてから、僕の意識はぷつりと途絶えた。向かい側に座っていた僕の友人は、なんともしあわせそうに微笑んでいたから、腹がたつ。そう思いながら。