足跡

    会議場を出れば、どたばたと重い足音を立てて走るドワーフたちとすれ違う。ちらちらとこちらに視線を向ける者はいるが、それどころではないようで、足を止める者はいない。

    何が起きているんだ、と不思議に思いながら、ドワーフたちが向かう先に足を向けた。幸い、とどめる者はいない。当然のように魔女が隣にいるからかもしれないが。

    ドワーフの村は地下にある。地下と云っても、暗くはない。ドワーフならではの技術で明るく光源が入り込んでいる。 それも宝石を用いているらしく、きらびやかに明るいのだ。鉱石の美しさがふんだんに生かされた都市なのである。見事な装飾品だ、と呟けば、ドワーフの金属格好技術はガイアの頃から賞賛されていたからな、と魔女が返す。

    「すると、ドワーフはもともとガイアにいた種族なのか?」

    元々ルナにいた種族だと云っていたくせに、と、続けてやると、やるせなさそうに魔女はまぶたを伏せた。

    「人間たちのせいだよ」
    「!」
    「確かに彼らはガイアに存在していた。だが、人間たちが彼らを追いたて住居を奪った。もともと半精神体であることから、彼らは空気を必要としない。そこで竜族がセレネに誘ったという次第だ。エルフもそうだぞ。彼らはガイアの森にすむ一族だったんだからな」
    「それは……」

    そうと云って、言葉を失うしかないアルセイドだった。
    もともとガイアにいたドワーフ、エルフ、それを人間たちが追い出していたとは。
    ドワーフたちの視線の冷やかさも納得できる、と思いながらも、ふと、イストールの言葉を思い出していた。

    ――人間も、エルフも醜い存在です。

    なぜだろう。あの言葉がやけに耳に残っている。

    魔女の言葉によれば、イストールはエルフの長の名前であるはずだ。すなわち、イストールはエルフである可能性が高い。それなのになぜ、種族を迫害した人間だけではなく本来の種族をも批難するようなことを云うのだろう。長という立場に連なる存在のものが、そのおさめるべき種族を批難するとは。

    「なあ、魔女」
    「しっ。どうやら人魚たちが集う場所に辿り着いたようだぞ」

    ドワーフたちが群れとなって一か所に意識を集中させている。

    その先にあるのは、地下の鉱水から上半身をあらわにしている女の姿だ。にぃ、と挑発な笑みを浮かべる。唇を開こうとしたところに、ドワーフたちが次々と銛を投げつけた。どすどすどす、という重い音の響きに怯んでいると、軽やかに身を交わした人魚はとぷんと水面下に潜った。ドワーフたちがわらわらと散る。魔女が長老の前に進み出た。

    「なあ。いまのが人魚だと云うのか?」
    「そうだとも。いつもいつも鉱石を持っていきおって! それとも他の何に見えると云うのかね、竜族の奥方よ」

    つい、と、魔女は眼差しを細めて、静かに呟いた。

    「わたしには妖精に見えたぞ。足元が見えないだけに、いっそうな」
    「なっ」

    アルセイドとドワーフの驚きが重なった。なんとはなしに視線が合い、フン、と視線を外される。別のドワーフが魔女に問い正した。

    「魔女よ。そなた、人魚を知っておるのか?」
    「よくは知らぬが、夫から聞いてはいる。人魚はガイアにとどまることを選んだと。その人魚がなぜセレネにいると思うのだ」
    「それは最初から云っていただきたい」

    憮然と一人が呟くと、すまんな、と軽く魔女は謝罪した。昔の話であるから記憶に自信がなかったのだよ、と続けたが、おまえはほとんどを眠っていたんだろう、とアルセイドすら突っ込みたくなった。記憶はそれほど衰えていないはずだ。

    「では、あれはいったい」
    「だから妖精、だと思うがな。ドワーフとエルフがセレネに去っても頑強にガイアに留まることを主張した、おまえたちの同族だ」
    「そして、人間たちと共に、ルナに訪れた種族でもありますな」

    何か文句があるのか、とでもいいたげに、ドワーフがじろりと魔女を睨んだ。軽く肩をすくめて、足跡を探してみよう、と魔女は提案した。人魚ではないのなら、どこかに地上へ辿り着く足跡があるはずだから、と。その通りだ、とドワーフたちが同意する。思いきったアルセイドは進み出た。

    「俺も協力させてください」

    するとドワーフたちの視線が、一斉にアルセイドに向かう。
    見定めるまなざしだ。1人のドワーフがひげをなでながら告げる。

    「スティグマの和を成すため、か」
    「そうです。妖精たちもガイアに帰還すべき種族、そのうえで皆さんにご迷惑をかけているのなら、償っていただかなければ」
    「妖精の種族から、和が崩れたらなんとする?」
    「これはおかしなことをおっしゃる。いかな種族でも犯罪者は償うものです。違いますか」
    「たしかにのお」

    呟いて、ふ、と1人のドワーフが笑った。無造作に手を振り、他のドワーフたちをその場から立ち去らせる。
    1人残ったドワーフは、さて、とアルセイドに向き直った。先程から思っていたことだが、どうやら彼がいちばんの長老格であるらしい。気を引き締める。

    「それでは長針には、妖精の足跡でも見つけてもらいましょうかな。をっと、竜族の奥方の助力はなしでございますぞ」

    ひと言口を挟もうとしたらしい魔女の動きを抑え、ドワーフはアルセイドに告げた。
    厳しい眼差しを見つめ返して、試されている自分に気付いた。

    ならば、なにがあっても独りでやり遂げなければならない。

    静かに頷くと、アルセイド、と驚きの声が上がる。魔女に視線を向けて、微笑んだ。
    言葉を失って、魔女は眉を寄せた。

    「ではお願いするとしよう」
    「アルセイド。妖精は儚い種族なのだ。覚えて」
    「そこまでにしていただこう、奥方。あなたも私どものところに来るのだ」

    魔女はドワーフに腕を掴まれ、連れ去られるようにその場を去った。
    天井を見上げる。これだけの光源があれば、1人でも何とかなるさ、と言い聞かせて、アルセイドはまずは妖精がいた鉱水に向かった。

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