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医師の指が僕の頭を辿る。先ほども受けた診察だ。指先にまとわり付かせた魔法が、僕の体内を探り、異常を探す。僕は瞼を閉じて大人しくしていた。ふう、と空気が揺れる音がしたから、目を開ける。同時に、医師の指が僕から離れた。
「先生?」
「異常はない」
秘書どのの問いかけに、医師は答えた。その答えに、秘書どのの眼差しが鋭くなった。
「そんなはずはないでしょう。事実、室長は不調を感じて、」
僕は慌てて秘書どのを呼んだ。
渋々といった様子で秘書どのは口を閉じる。僕は医師を見直した。
「少なくとも、医師先生から僕の体に異常は見当たらないんですね?」
「ああ。きみの体調を損なうほどの損傷は存在しない。もっともわたしが習得している診察魔法も完璧じゃない。わたしの能力では探り出せない損傷があるかもしれないが……」
「いえ、充分ですよ。ありがとうございます」
僕がそう言えば、医師は笑って立ち上がった。「では保健室に戻らせてもらう」と言って立ち去るかと思いきや、ふっと僕を振り返り「しばらく禁酒したまえ。若いからといって健康を過信するものではないよ」などとからかいの調子で言う。
思わず眉を下げてしまった僕を笑って、今度こそ医師は応接室を立ち去る。秘書どのが眉をひそめて、僕をのぞき込んできた。気を取り直した僕は、秘書どのを見上げた。
「<彼女>に会いに行ってくるよ」
僕が誰に会いに行こうとしているのか、すぐに気づいた秘書どのは軽く息を呑んだ。
「機密情報を漏らした症状は出ていませんよ?」
「うん、でも僕の身に起きた出来事はあまりにも不可解だ。できる限り、原因を探っておきたいのさ。……自分ごとだからといって大袈裟に騒ぎすぎていると思うかい」
僕が問い掛ければ、秘書どのは苦笑を浮かべて、「いいえ」と首を振る。
「あなたが必要だと感じたなら、必要なのでしょう。ただし、わたしも付き添いますよ」
「それこそ大袈裟じゃないかな」
今度は僕が苦笑を浮かべた。すると秘書どのは顔を引き締める。「なんとでもおっしゃってください」と応える声音は軽いのに、眼差しだけはやけに真剣だ。
「あなたから目を離して後悔するなんて、一度で充分ですから」
僕は口を開いて、何かを言おうと思ったんだけど、何も言わないまま、口を閉じた。
(困ったな)
僕は天涯孤独だ。一人でいる時間が長い。
だからこそ他人から、親身になって心配されることに慣れていないのだ。