ドワーフ

「云っておくが、盗人とはいかなる理由があっても交渉はせぬぞ」

妖精の一族と共にドワーフの村に辿り着き、見覚えのある長老の第一声がそれだった。

少し離れた場所に、悠然とした様子の魔女がいる。その姿を見るだけで心がほぐれたが、長老の言葉には身を引き締めざるを得なかった。次々と妖精たちが羽を鳴らしながら、持っていた鉱石を積み上げていく。その様に集まっていたドワーフからざわめきが生じる。アルセイドは口を開いた。

「それは妖精たちを罰する、ということでしょうか」
「待て、長針。それはおまえの口出しするべきことではない」

厳しい口調で言葉をはさんだのは、なんと魔女だった。表情を引き締めたまま、アルセイドの元に歩み寄る。
ちらりと妖精族の長に視線を向けた。だが、さりげなく視線を外し、アルセイドの腕を引っ張った。良く通る声で叱責する。

「おまえの云うスティグマの和とは、ただ罪を赦すだけのものか。それでは不当に権利を奪われたドワーフたちの怒りはどうなる」
「そういうつもりはない! ただ」
「良いか、よく聞け。妖精族は確かに儚い種族だ。だが、ドワーフに交渉するという手だってあったのだぞ」
「然り!」

ドワーフの長老が言葉をはさむ。じろりと長老はアルセイドを睨んだ。

その傍にはあの若いドワーフがいる。彼から報告を受けたのだろう。ならば妖精の一族を滅ぼしたがっていないというアルセイドの希望も聞かれているはずだ。拳を握る。

「長針よ。スティグマの和を成したいと云うのであれば、ひいきはやめていただこう」

ぐっと黙り込むしかない言葉を告げて、ドワーフの長老は妖精族の長に向かい合った。長の羽はまだ鳴っていない。落ち着いた表情のまま、長老の厳しい眼差しを受け止めている。

「いかようなる裁きでもお受けしますよ、長老どの」
「では、強制労働に従事していただこう」
「そんな」

声をあげたのはアルセイドだった。ぐい、と、魔女がその腕を引っ張る。黙っていろ、ということだったらしいが、黙っていられない。そう思っていると、妖精族の長までも手を挙げた。アルセイドの口をそうして封じて、改めてドワーフの長老に向き直る。

「強制労働とはどのような?」

フン、とドワーフの長老は顎ひげをなでた。積み上げられた鉱石の山を見て、数を確認していたドワーフの頷きを見届ける。

「おまえさんのような迷惑な種族にこのルナにおられてはこっちが迷惑じゃ。報酬なしでガイアへの橋を再建する、その下働きだの」

アルセイドは耳を疑い、ふ、と魔女は微笑んだ。からかうような口調で長老に語りかける。

「おやまあ。噂に聞く長老もずいぶん甘くなったものだ」
「年をとればな。ましてや妖精は素晴らしい鉱石でなければ興味を持たないとおぬしに聞かされてはなおさらじゃよ、奥方」

そしてドワーフの長老は、まっすぐにアルセイドに向かった。
厳しい眼差しである。長針よ、と穏やかにまずは呼びかけてきた。

「スティグマの和を成したい、とそなたは云った」
「……はい」
「だがな。わしはそなたの云う方法では、そなたが成すスティグマの和には加わりたくないと思った。なぜならおぬしは片方の言い分だけ聞いて、それをよしとする。不公平ではないか。それならばわしらの怒りはどうなる。毎日毎日、努力して磨き上げてきた功績を、ただ遊ぶだけが能の種族に奪われなければならない理由はどこにもないぞ。たとえそれが、そうしなければ命が消えるとあってもな。まずはわしらに交渉するべきであったろう。それを怠った責任を、妖精族には取っていただかねばならぬ。そうではないか?」

息を吸って、吐く。それだけの行為だが、いまのアルセイドにはひどく難しい行為に思えた。
ひどく恥かしく感じたのだ。甘いだけの自分がたまらなく恥かしい。
自警団にいた頃は、盗賊団を取り締まる役目を背負っていたというのに、なぜ忘れていたのだろう。

「長針よ。だが、わしはおまえを優しいと思う。その優しさが、可能性を育てるやもしれぬ、とも思ってもおる」

それでも顔を上げられないアルセイドは、右手に寄り添う温もりを感じた。魔女だった。
左手に寄り添う温もりも感じる。妖精族の長だった。

2人に無言のまま顔を上げることを求められ、それで、ようやく恐る恐る顔をあげた。その先に見出したのは、厳しくも温かな長老の眼差しだった。父親の眼差しとは、きっとこういう眼差しを云うのだろう。叱責しながらも、相手への期待をこぼれさせている眼差し。

まぶたが熱くなって、うつむいた。自分がどれほど無力であったのか、それを思い知らされる。
だからこそ、云わなければならない言葉があった。

「ありがとう、ございます――」

危うい判断をしかけていたのだ、とようやく知る。スティグマの和を成したいと彼は望んでいた。
それはだが、他人の立場で、ただ咎を赦すことではないのだ。どちらの立場にもたち、どちらの希望も感情も聞き、そのうえで双方が納得する方法を考え出すこと、それが本来すべき方法なのだ。道理である。

ぽっと現れた人間の若造の、一方的な言い分になど、誰が頷いていくれるというのだろう。もっと考えなければならない。もっと知らなければならない。そうでなければ、目的など成すことは出来ない。

深く頭を下げる。それを気付かせてくれたドワーフの長老に、心からの感謝があふれわきだしてくる。
ふふ、と二重奏の笑い声が両隣りから響く。

「本当に素直な方ですね、長針どのは」
「そうでもないぞ。だが、過ちを正す美点は持ち合わせている。そうでなければ、ここまで共に旅をするものか」
「好き、勝手なことを云う」

魔女の言葉にそう返して、そしてしゃんと顔をあげた。

ドワーフの長老の叱責は、厳しいばかりではない。温かいものであることが胸にひどく迫っていた。
叱るとは期待をかける者にする行為なのだ。だからこそ、改めて頭を下げた。

「では、わたくしどもはドワーフの皆さまの下働きとなりましょう。長針どの、名残惜しいですがこれにて」
「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」

そうして妖精族は皆、ドワーフたちに引き連れられて去っていく。
さあ、と、魔女はポンとアルセイドの肩をたたいた。

「第一、第二の問題はクリアされた。次に行くぞ!」
「次?」
「魔法使い、そして、エルフ、さらには人類だ。成すべきことはたくさんある。ぼーっとするな!」
「ぼーっとなどしていない」

云い返して、ドワーフの長老にもう一度頭を下げて、アルセイドは先に歩き始めた。
あとには魔女が続いている。

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