墓標

「これは……」

言葉を失ったミネルヴァは、おびただしい数の墓標に言葉を失った。
その数だけ死者がいる。その数だけ殺された人物がいる。

――すなわち、妹であるアルテミシア帝国皇帝に、殺された人物がいるということだ。

(どうしたというのだ、アルテミシア)

イストールらがさせていることだと云いたいところだ。だが、兄は否定する。

なぜなら国を潤すための侵略ならば、ここまで苛烈な侵攻をする必要はないからだ。なぜならその国力を奪いきってしまえば、あとは不毛たる大地が残るだけ。イストールらがそんな選択をするはずがないだろう、と告げられ、納得してしまった。

ましてや、あのミカド・ヒロユキの侵攻の後には花一輪残らないありさまと聞く。アルテミシアの乳兄弟であり、彼女の最も忠実な臣下である彼がそのような侵攻をしていると云うことは、それがアルテミシアの意思と云うことなのだ。

いや、そのような理屈には意味がない。

ミネルヴァは直感してしまっているのだ。理屈ではない。理由など後から付け加えられたものだ。だから直感している。これは、アルテミシアの意思であると。

(おねーたま、おねーたま)

不思議なもので、思い出す妹の姿は、たどたどしい言葉で自分を追いかけてくる幼い妹の姿だ。
おとなしげでありながら、行動力は抜群で、どこに行こうともこの姉のあとについてきてくれた。こけると、なかなか泣き出さない。だが、自分が引き返すと、とたんに安心したようにえぐえぐと鳴き出すのだ。

この自分が追放される時もそうだった。泣き出しそうな顔をしているくせに、決して泣きださなかった。引き返して泣かせてやりたかったが、もはやそれは叶わなかった。それでもミカドがいる限り、あの子は大丈夫だと思っていたのに。

ミネルヴァは今、感じ取っている。アルテミシアは泣いているのではないだろうか、と。

なぜアルテミシアがこのような侵略をさせているのか、それはさっぱり分からない。兄はそれこそが世界にとっての問題だと云って探りに行っているが、ミネルヴァにとってはアルテミシアにここまでさせている何かの方が問題だった。世界うんぬんよりも、ただひとりの妹。

(私の選択は、間違っていた、のだな)

あのとき。
他国への侵略を政策として打ち出していたことに、皇族として真正面から反対をした。結果、追放された。

だからこそ、皇帝としての重責はすべてアルテミシアにかかることになってしまった。おそらくは、父皇帝の下した決定理由を知っているのだ。そしてそうするしかないとアルテミシアは1人で答えを出してしまった。

1人でなければ、別の答えが出せただろうに、ミカド・ヒロユキは臣下でしかない。命を下されたら従うしかない。家族であるミネルヴァたちが傍にいてやるべきだったのだ。

いいや、もっと云うならば、帝国皇帝としての重責を背負う覚悟で父の暗殺を試みればよかったのだ。手を下すことなく、手を汚すことなく、ミネルヴァは一介の旅人として毎日を暮らし、唯一の妹には、侵略の命を下させ、その手を汚させている。

「……許してくれ」

そんな言葉が、ぽつりとこぼれた。妹に、そして、命を不当に奪われた人々に、ミネルヴァは詫びる。

成すべきことはした。そういうものはいるのだろうか。
だが、責任ある立場にあるものならば、直情的に道徳に従うのではなく、もっと慎重に根回しをするべきだったと思うのだ。そうすれば救えた命がいくつもいくつもあっただろう。少なくともこの街の人々は死ぬことはなかった。

「待たせたね、ミネルヴァ」

探りに行っていた兄が戻ってきた。その顔を見返して、そして静かに顔をそらせた。
兄は何を考えているのかがわからない。
帝王学で学んだ知識があるのだと云う。それはあるのだろう、とミネルヴァも思う。追放されるまで次期皇帝とみなされていたのだから。

では、なぜ兄は、追放されたのだろう。

ミネルヴァよりもよほど政治家として慎重であった兄、それがなぜ、父の裏をかくことも出来ず、おめおめと追放されたのか。共に行動していても、こうして離れることがある。その時、その瞬間を重ねるたびにミネルバは兄への疑心を育ててしまうのだ。

もしや兄は、帝国とアルテミシアを追い詰める方法のために、追放されることを選んだのではないかと。

「どうしたんだい、ミネルヴァ?」
「……いえ、何でもありません」

そうかい? と云って穏やかに微笑む顔は優しい。
だが兄は、このおびただしい墓標の数が目に入っていないようなのだ。
ミネルヴァの中の疑惑は、ゆっくりゆっくり育っていく。

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