花売りの娘

将軍につき従い、皇都に入る。
そんな体験は初めてだが、皇都自体は珍しくない。なにしろエミールの故郷であるからだ。

将軍から許可をいただいて、実家に走っていく。
母親は元気だろうか。父親は元気に頑固に仕事をしているに違いない。妹は。

そう思いながら走っていると、素早い動きでエミールの前に立ちふさがった者がいる。
少女だ。

「わたしの前を通り過ぎて行こうなんて、いい度胸だわね。エミール?」
「カ、カイエ!?」

エミールは思わず目をみはっていた。
どこの美少女だろうと確かに思ったけれど、まさか知り合いだとは思わなかったのだ。だがよくよく見れば顔立ちに面影がある。だが皇都にいるからだろうか、驚くほどあか抜けている。

茶色の髪、そばかすの浮いた顔立ちはそのままだとしても、生き生きとした輝きが目を引くのだ。そしてセンス良くまとめられた服装、――ちらちらとこちらに向かう視線をエミールは感じる。

「君、なにしているの?」

それなのにエミールの口からこぼれた言葉とはこんなものだったのだ。あからさまにカイエは溜息をついた。
くい、と顎をうごかして、街の一角を示す。

「花を売っていたに決まってんでしょうが。うちの家業、忘れたの?」
「あ」

顎で示された先に、花車がある。色とりどりの、さまざまな種類の花だ。

じっとり睨んでくるか家に「忘れたわけじゃないよ!」と弁明を叫んで、その花車に近づく。本当に色々な種類がある。けれど、義務教育を終え次第群に入ったエミールには花の名前がわからない。情けないことだ、とこの時には痛烈に思った。きっと将軍ならば。花街の女たちに花を贈っている将軍ならわかるだろうに。

「綺麗な、花だね」
「花の名前も分かんないくせに?」

きゅ、と意地悪気に唇の端をあげている。それでもエミールは必死になって言葉を重ねた。

「それでも綺麗な花はわかるよ! とても、とても綺麗だ。ていねいに手入れされているってわかる、上等の花だよ」

するとカイエはくすぐったそうに笑った。黄色い花を何種類かつまみだし、くるくると花束を作る。手際が良い。
その動きに見とれていると、わたしはね、とカイエが話し始めた。

「とても驚いちゃった。エミール、立派な軍人さんになっているんだもの。見違えちゃった」
「そう、かな」

思わず右腕を見たりした。当たり前だが軍服が目に入るだけだ。そんな様子を見てカイエはぷっと吹き出す。作り上げた花束を満足そうに眺めて、カイエは「だからね」と続けた。

「悔しくなって立ちふさがったの。だってこのままエミールとわたし、距離が出来たままじゃない。それが悔しかったの」

そうして、はい、これあげる、と作り上げられたばかりの花束を手渡された。カイエの言葉にぼんやりしていたエミールはどきまぎしながらそれを受け取り、はっと我に返った。つっ返しながら、

「貰えないよ、こんな立派な花束。僕、薄給なんだよ!」

するとカイエはあからさまに呆れた顔をして見せた。ばかねえ。表情が雄弁に語る。

「そのくらい、知り合い割引であげるわよ。ただし約束して」
「なに?」

あげると云うなら割引と云わないんじゃないかなあと思いながらも、エミールはカイエの真面目な顔に何気なく応えた。すると顔を赤らめて、カイエは言葉を続ける。

「次。皇都に帰ってきたときには、わたしの店によってね」
「そんなことでいいの」

どしんと足を踏まれた。

「そんなことがいいのよ!」

するとはじけるような笑い声が背後で響く。豪快な笑い声は将軍のものだ。たちまち身を引き締めて振り返る。何か月ぶりの笑顔だろう。ミカド将軍が腹を抱えて笑っている。相手が誰だかわからないのだろう、カイエはぽかんとその様子を見ている。

「カイエ、ミカド将軍だよ」
「えっ」

その時の様子がおかしいなと思ったけれど、エミールは気にせず将軍に向き合った。

そんなに笑うことないじゃないですか。そう呼びかけると、すまんすまんと気軽に謝ってくれる。まったくもう、と云いながら、それでも久しぶりのやり取りが嬉しかった。ここしばらくの将軍はとかく雰囲気が張り詰めていて、息苦しいと感じることも多々あったのだ。

だが張り詰めた空気がすっかり消えている。
もしかしてそれはアルテミシアさまのおかげかな、とエミールは思った。

ミカドに非情な命令を下しているひとだが、それでも最終的にミカドを突き動かす人でもある。だから見たこともない皇帝陛下への畏敬をエミールは忘れたことはない。きゅ、と、カイエがエミールの服を握る。見ると怯えた表情をしていた。

「時間が早くに終わったんでな、散歩がてら歩いていたんだが」
「もしかしてもうお帰りですかっ。なら」
「ばぁか」

すぱんと額をはたかれる。ミカドは以前の笑みでエミールに笑いかけてくれた。

「俺が予定を崩すと思うのか? いいから今日は家に帰ってろ。出立は明日早朝なんだからな。ゆっくり休めよ」
「あ、ありがとうございますっ」

云い置いて背中を向けたミカド将軍にそう叫ぶ。その姿が完全に消えて、ほうっとカイエは溜息をついた。
その反応をさすがにおかしく感じて、名前を呼んでみる。するとはっとした様子を見せて、そしてうつむいた。

「……ミカド将軍って、ああいう方なのね」
「うん。飄々として楽しい方だよ」
「なのにどうして、ああいう侵略をしているの?」

は、と胸をつかれた気がした。
カイエは知っているのだ、戦場のミカドが、いまのミカドがどういう異名を得ているのか。

それは、とおぼつかない言葉を吐き出すと、カイエは複雑そうに微笑んだ。

「わかってる。陛下の命令だよね」
「それも」

違うとは言い切れない。それは確かに事実だ。
だけれど、それはミカドが大切にしている人の何かを汚しているような言葉のような気がして否定しなければならないと思った。直接には言葉を交わしたことなどないひとだ。それでもうつくしいひとだ。あーあ、と、カイエはぼやく。

「陛下、どうしちゃったんだろ」
「え?」
「前はね、お優しい方だったのよ。こっそり街にお忍びに出られて、お菓子を買っていかれたりもしていたの。これは噂なんだけど」
「へえ?」
「でも今の陛下は、……怖い。なにかを決めてしまったようで。侵攻にもろ手を挙げている人もいるけど、批難の言葉もあるのよ」
「そう、だろうね」
「だからミカド将軍怖かった。でもいい人みたいね。だってエミールがかばおうとする方だもの」

カイエは悪戯っぽく笑って、そしてくるりとエミールの背中を押した。
早く帰ってあげなさいよ。そんなことを云う幼馴染は昔のままだ。

押されて歩きだして、振り返って花束を振る。
笑顔で手を振られる彼女に客が近づいたので、エミールは家に向かって走り出した。

ミカド将軍とアルテミシア帝国陛下は国内でも評判を落としている。でもそれはきっと何か理由があるんだ。
誰にも言えない言葉を、1人胸に秘めて、エミールは家に向かって走り出したのだった。

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