傭兵

「こっちだぜ、疾風のアルセイド」
「あの、その呼びかけ、やめていただけませんか」

先を歩く男に、赤面したアルセイドは懇願した。
どうして、と大げさに目をみはる男は、にやにや笑いを浮かべたままだ。つまりアルセイドの困惑を充分理解しているとううことで、駄目だこれは、と悟らざるを得なかった。

「はあ。いいです、疾風のアルセイドで」
「まあそんなに恥ずかしがるな。いいふたつ名をいただいているじゃねえか」

2人が共に歩いているのは、曲がりくねった道である。闘技会の優勝者には、数多くの誘いがあった。もちろん帝国兵にならないかという誘いもあった。だがその上で、望み通りにこのあたり最大の勢力を持つレジスタンスに誘われた。それが問題なのだ。

帝国側は、アルセイドを戦力となる人物だと見定めている。だがその彼が帝国兵にならないとなれば、手ごわい敵となる可能性が高い。だからこそ、アルセイドには帝国兵のさりげない見張りがついていたのだが、この男はその合間をくぐって見事にレジスタンスへのつなぎをとって見せた。

そして今、こうして案内しているが、それも後をつけてくる帝国兵に備えた最低限の自衛である。優秀な戦力をスカウトして、挙句、アジトを検挙されてはたまらないからだ。幸いのところ、後をつけてくる帝国兵はいないようだ。それもそうだろう。なにせ行く先は花街、――娼婦たちの街だからだ。男2人が向かうに何ら不思議はない場所である。

(魔女がいなくて本当に良かった)

せめて、と思うアルセイドである。アルセイドを理解している魔女は、アルセイドがどこに向かおうとも気にしないだろうが、アルセイド自身が気にする。抵抗があるのだ。いまでも全くないとは云わないが、目的のために、という割り切りが出来ている。時折誘いをかけてくる女たちの誘惑の手を風にように通り過ぎ、そして2人はようやくその建物についた。

そこは、饅頭を販売している館である。娼婦たちに人気の味の良さを誇る饅頭は、男たちが購入していく絶好の土産なのだ。娼館の奥にレジスタンスのアジトはある。今日は顔見せということだから、饅頭屋で特製の饅頭を買う。そしてその後、娼館の奥にあるアジトに向かうことになっている。饅頭屋は小料理も商っているらしく、テーブル席に座る男たちが見えた。

「よぉ、ばあちゃん。うまい饅頭はあるかい?」
「うちのはどの饅頭もうまいよ。だがやはりふかしたてがいちばんさね」
「じゃあさ、桃泉饅頭は?」

老婆の表情が少しだけ変わった。桃泉饅頭がレジスタンスへの暗号なのだ。盗泉と桃泉をかけた、ネーミングである。 他国の泉を不当に盗んで呑み続ける者を赦すまじ、――その意味が込められている。老婆はふわりと笑った。

「ぎりぎりさね。今日はもうあとふたつでおしまいだよ」
「ちょうどよかった。俺とこいつ分、ふたつおくれな」
「あいよ。ちょいとお待ち」

老婆の指は手早く動き、ふたつの饅頭を袋に入れる。アルセイドはそれを受け取り、代金を払った。そのまま男が案内するまま、娼館にむかう。花街一の娼館である。帝国兵も訪れると云うことなので、実に大胆な場所だった。

「あらまあ、お見限りだこと」

年を重ねても、目元のほくろが色っぽい美女が男を見て微笑んだ。

透き通るように色が白い。ちらりとその眼差しがアルセイドに向かい、アルセイドは持っていた饅頭を差し出した。美女は中身を見て、嬉しそうに微笑む。サービスしなくちゃねえ。そういって、小さな娘を呼び出して奥に案内させた。ぐるぐるとさらに回り、そして最上階の部屋に上がる。娘がノックすると、応えがあった。

スーッと扉が開き、2人が入った後に閉じられる。この階にはこの部屋しかないらしく、部屋の中央には老人と大男、そして1人の娘がいた。老人は振り返り、ニヤッと笑う。

「よくよく縁があるようじゃのう、アルセイド」
「剣聖シュナール。あなたが!?」

驚きの声を上げると、隣に立つ男がしっと口元に指を当てた。スッと扉が開き、先程の美女が小さな娘を入ってくる。しゃなりしゃなりと動き、シュナール老の隣に腰掛けた。先程とは違い、鋭さに満ちた視線をアルセイドに向ける。そして小さな娘が中央の席に座る。

「ようこそ、疾風のアルセイド。わたしがレジスタンスの長だ」

自己紹介をしたのは、その小さな娘だった。
唖然としていると、なにがおかしかったのか、笑いの波がさざめく。

「こちらはね、先の領主のお嬢様なんだよ。父君母君を殺され、あたしらの預かりになったけど」
「わたしのような想いをしたものがこの国にはたくさんいる。わたしの力は微力なれど、アルセイド、わたしに力を貸してくれぬか」

可憐に響く声が、凛と告げた。もとよりそのつもりである。
だが、その前にアルセイドも話さなければならない物語があった。

「力はいくらでもお貸ししましょう。ただし、皆さんに聞いていただきたいことがございます」
「ほお?」

シュナール老が声をあげ、そしてレジスタンスのリーダーは表情を引き締めた。
美女や男たちもアルセイドの口元に視線を向けている。

「今、この国に訪れている危機は確かに帝国によるものですが、真の危機は帝国によるものではありません。このセレネが、滅びに向かいかけていることが、本当の危機なのです」

シュナール老の脇に立っていた女がはっとしたように顔をあげた。他の面々はいぶかしげな顔をしている。だが何としても説得しなければならない。娼館で迎える夜は、別の意味で骨が折れそうな夜となりそうだった。

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