マント

    ふむ、と思案の鼻息が二重になって響いた。
    セイブル侯爵家双子の子息は、居間中に様々な布を広げて検討の最中だ。

    とはいえ、色ははっきりしている。赤と青。ただ薄い色合いのものから濃い色合いのものまで、様々に取り集めているからこそ、居間の床が埋まっているのだ。貴族の若君らしからぬ行儀の悪さで、2人の若者はあぐらをかいてその中央に座っていた。

    「レインフォール。そなた、もう決まったか?」
    「まだだ。ジークフリード、おまえは」
    「まだだから参考までに意見を聞こうとしたのではないか。察しが悪すぎるぞ、兄弟」
    「参考などと云うが、おまえがわたしの意見を聞いたことはあったか、ジークフリード」
    「「ま、お互いさまと云うことだ」」

    同時にその言葉を呟いて、再び布の検討に戻る。ちょうどその時である。父親であるセイブル侯爵が帰宅したのは。

    侯爵はまず絶句し、ぴくぴくとこめかみを痙攣させた。「レインフォール、ジークフリード……」、抑えた声音で2人の息子を呼ぶ。

    「おや、おかえりなさいませ、父上」
    「なにをそんなに苛立っておいでなのですか。は、もしやアルテミシアさまに何か」
    「苛立っておるのはそなたらにだっ。この馬鹿息子どもっ」

    かつて先帝陛下の戦場においても、高らかに響き渡ったと云う一喝である。
    ところが2人の若者はけろりと首をすくめただけだ。そしてそろって立ち上がり、布をかき分け父親の元に向かった。その前に膝をつき、共に頭を下げる。

    「セイブル侯爵家家長としての父上に申し上げます」
    「……申してみよ」
    「どうぞ我が弟ミカドを将軍職から解任し、我ら2人を共に同位の将軍職に就けるよう、アルテミシアさまにお願いしてくださいませ」
    「――なに」

    2人の息子はそろって顔をあげ、父親である侯爵を笑みと共に見つめる。
    その温かさに侯爵は驚いた。

    いつの間に息子たちは、父であるこの自分にそのような眼差しで見つめることが出来るようになったのだろう。
    やれ芸術だの、やれ雅楽だの、そんなことばかり口にして、頼りにはなるが好き勝手にふるまう息子たちであったのに。

    スッと先に表情を引き締めたのは、兄であるレインフォールだ。父親なのだ、服を見なくともそのくらいは区別がつく。

    「我らが弟、ミカド・ヒロユキはセイブル侯爵家の嫡子」
    「我ら2人とも、その事実を忘れたことは一時たりとも忘れたことはございません」
    「その愚弟の悪名が帝国内でも高まる様、このまま見過ごしておくことが出来ましょうや? 」
    「将軍が必要ならば、侵攻する将軍が帝国に必要だと云うのであれば、我らが戦地に立つまで」
    「おまえたち……」

    それきり絶句して、侯爵は改めて居間中に広げられた布に視線を向けた。
    なんの加工もされていない布。赤と青。だが、明らかに衣服用の生地ではなかった。
    強く瞑目し、そして侯爵は告げる。

    「これは、鎧の上にまとうマントのための生地か」

    2人の若者は、視線を交わし合いくすりと笑う。

    「いかに戦地に立つとはいえ、無粋なマントなどまといたくございません」
    「何よりも、兄弟。セイブル侯爵子息、ここにありと高らかに知らしめてやりたいではないか?」
    「おお、その通りだ。兄弟」
    「レインフォール、ジークフリード……」

    侯爵はただその名を呼んだ。2人の息子はただ頭を下げる。
    完璧な恭順の意思に、その布の中から2枚を選びとった。あざやかな紅とあざやかな蒼だ。それぞれの身体にかぶせ、喉に絡んだ声で「これにするがよい」と告げる。双子は視線を交わす。

    「さすがは我らが父君だ。そうは思わぬか、ジークフリート」
    「レインフォール。そなたは最初から、そのロイヤルブルーに決めていたであろう」
    「高貴なる蒼、は、我にこそふさわしいのでな。銀糸でマントの端には刺繍をさせるとしよう」
    「では、わたしは金糸だな。赤には金が最も映える」

    レインフォール、ジークフリート。

    もはや吐息に近い呼びかけで2人の子供を呼び、屈みこんで布ごと侯爵は2人を抱きしめた。いつのまにか、その肉体はがしりとしたものとなっている。武芸は嫌いと云い放ちつつ、鍛えるべきはきちんと鍛えているのだ。

    ――だがそれでも、好んで我が子を戦場に送りたいと思う親がいるものか。

    「生きて、戻れ。これは、命令ではない。父親としての、願いだ」

    ふっと同時に双子は空気を振動させて笑った。

    「ご安心を、父上」
    「あの愚弟の補佐を務められるのは、我ら兄弟のみと存じておりますゆえ」
    「……馬鹿息子どもが」

    口にする言葉はそのようなひねくれた内容であっても、ああ、我が子はこれほどまでに成長していたのだと。
    そして、自らはその決断を下せないほど老いていたのだと、セイブル侯爵は認識を改めた。

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