荷馬車

がたがたとゆれる荷馬車から空を見上げる。気は急いているのだが、これが最も確実安全なルートと云われたものだから、アルセイドは自分を押しとどめている。

荷馬車と云ってもわらを運ぶに馬車であるがために、横たわっている背中がちくちくする。起き上がって馬車をせきたてたい気持ちをこらえて、アルセイドはじっと沈黙していた。空を眺めていれば穏やかになると聞いたことがあるが、いまは当てはまらないようだ。ひたすら、意識を失っていた魔女の身が心配で仕方がない。

その脇には2人の男女がいる。共にシュナール老についていた男女だ。
アルセイドの手助け、と云うことだが、見張りも兼ねているのだろう。

とりわけ、女のとげとげしい視線が印象的だった。男はじっと目をつぶっている。ここしばらく共にいたおかげで、言動を耳にしている。その時は荒々しい印象がするのに、そうしていると、修行僧のような雰囲気が漂うことが不思議だった。

「あなたにとって、魔女はどんな存在なのですか?」

突然の問いかけだった。
シーナ、という名の彼女は、魔女の安否の確認をすると告げた時から、不思議にとげとげしい。

たしかにレジスタンスに協力の意思をあらわにし、また、スティグマの和を成しセレネから人類を移住させなければならない、と云う状況において、魔女にこだわることは愚かに映るのかもしれなかった。

幹部たちが困惑したように顔を見合わせたことを覚えている。だが魔法使いの証言がそのまま真実である根拠などない。ルナの魔法が真実進行が遅れているのか、そして、魔女は無事なのかということを確認しなければ気が済まなかった。ただ、それはすでにシュナール老をはじめとする幹部たちにも伝えた事実のはずなのだが。

「どんな存在?」

その質問を、いまここでする意味が本気でわからず、アルセイドは言葉を返した。
シーナはいらだたしげにため息をついた。

「まさか、わたくしの質問の意味がわからないほど鈍いとは仰いませんよね。あなたにとって魔女は、恋人、なのですか」
「ちがう」

それは即答出来ていた。
それが事実ならば、どんな理由があっても手元から放しはしない。ひとりで旅立たせもしない。
ならば魔女は、どんな存在だと云うのだろう。改めて自分自身に問いかけてみた。

(俺に命を与え、スティグマの和を成すと云う指針を選ぶきっかけとなった娘。女。少女。――唯一の)

「恋人ではないのに助けようとするのですか」

ゆっくりとアルセイドは起き上がり、冷ややかな眼差しで質問を繰り返す女に、逆に問い返した。

「その質問、限定し過ぎていないか?」
「!」
「恋人でなければ助けに行ってはいけないのか。ならば俺は、世界中の人間と恋人にならないといけないな。なぜならスティグマの和を成して、人類を助けたいと云う願望を抱いているのだから。それこそ老若男女問わずに」
「ではなぜ、この時期に、アジトを離れるのですっ」

激しい糾弾の声だった。アルセイドは静かに告げる。

「任せられる、と思ったからだ」
「え……」
「ガイアへの移住が必要不可欠であることを、俺はすでに伝えた。最終的な判断は幹部であるシュナール老らがすることだろう。それに組織において俺は新参者だ。俺が抜けて行動した方が、不安が少ないと思うんだが?」
「……。……シュナール老は、あなたの手助けになってやれ、とわたくしにおっしゃいました」
「そうか」

見張りではなかったのか。思えばもうひとりの男は、アルセイドの行動に制限をもたらそうとしたことはない。それは見張っていると云うよりも、見守っていると云った方が的確な対応と云えた。そのことに気付かなかった事実に苦笑していると、きっとシーナが睨む。

「どこか、ミカドに似ているあなたについてやってくれって。信じられない、どうしてあなたがミカド将軍に似ていると仰るの!」
「え……」
(ミカド。ミカド・ヒロユキ)

ミカド・ヒロユキとは、かつてグレイと名乗り、そして自分たちを捕らえ、帝国から逃れることに力を貸してくれた将軍の名前だ。彼の名を、なぜレジスタンスであるシーナが口にする。

シーナ、と男が制止する調子で話しかけた。
だがシーナは首を振る。それはまるで幼子のようなありさまだった。

「似てない。似てなんかいないわ!」
「似ているさ。ひとりの女のために、行動しているところなど瓜二つだぜ、シーナ」

男が断言し、アルセイドを見つめる。2人の言葉に息をのまされた。

この2人はミカド・ヒロユキを知っているのか? そうと思えば、ふとシュナール老を見た時の奇妙な既視感を思い出していた。あれは、あの笑みはグレイであるミカドの笑みに似ていたのだ。ちゃり、と、剣に手を伸ばす。その動きにはっとしたように、シーナは動きを止めた。男は静かにアルセイドを見つめる。

「お前たちこそ、何者だ。なぜ、帝国六大将軍の名を口にする。帝国に刃向かうレジスタンスじゃなかったのか」

荷馬車の速度と飛び降りた時の衝撃を計算する。いざとなれば問題はなさそうだった。それよりも、目の前の2人の正体こそが問題だった。もし、レジスタンスのメンバーがそれを知らないのであれば、シュナール老につきだして真偽を問わねばならない。たとえそれがレジスタンス組織を崩壊させることにつながろうとも、スパイを飼い続けているよりはましなのだ。少なくとも長は逃がすことが出来る。

アルセイドの反応に、シーナは完全にうろたえたようだった。
ちがう、待って。そんな言葉を呟くから、厳しく睨んだ。

「我々は、元帝国兵だ」

ぎょっとするようなことを告げたのは、シーナの動揺を脇に置くことにしたらしい男である。名は確か、アイルと云っていたか。

「それもミカドの配下だった。ところがミカドが道を失ったがために、あいつを止めるためにレジスタンスに入った。それは長も承知のことだ」
「……道を、失った……?」
「詳しく話す。だから剣は手放してくれ。このままでは通り過ぎる人が何事かと思う」

確かに注目を集めている。しぶしぶアルセイドは剣を手から離した。落ち着いたらしいシーナは「ごめんなさい」と呟く。その銀色の頭にアイルは大きな手をのせた。ぐしゃぐしゃとかきまぜる。

どうやらそれが、男なりの慰めの方法であるようだった。アルセイドは溜息をつく。どうやら彼らから詳しい話を聞かなければならないらしい。魔女のことだけを案じてはいられないようだった。

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