黄昏

西日が部屋に差し込んでいた。
すでに私室にあるアルテミシアは、沈黙のまま考えに沈んでいる。彼女は待っていたのだ。

やがて、特徴あるノックが成された。入室の許可を下し、入ってくる人物を見つめた。宰相イストール。白金色の髪をもつ父皇帝の忠臣。ドレスの裾をさばき、ふわりとソファに腰掛けた。イストールはその前に膝をつき、本日陵墓に起きた襲撃事件について報告を始める。

「……つまり、内通者がいたということですか」
「はい。アルテミシアさまが父君の陵墓に行かれることは公示しておりません。それを知るのはやはり内部のものかと」

ふふ、とアルテミシアは笑った。

「もはやわたくしは用済み、その者はそう判断したのですね」
「アルテミシアさまのおかげでございます」

おそらくそれは、イストールなりの皮肉であるに違いない。伏せた顔のままであるからわからないが、元から計画されていた侵略をさらに過酷なものとして組み直させたのはアルテミシアだ。

それは帝国を滅ぼすために必要なことではあったが、当然、それを知るイストールには抵抗を覚えるものであったろう。いや、抵抗どころではなかっただろう。そしてそれは、イストールだけではなかったに違いない。それを思えば、今回の襲撃事件に内通者がいたと云うのはごく自然なことのように思えた。

「この帝国も、そろそろ終わりでしょうか」
「……っ」

顔を伏せているイストールの拳がぎゅっと握りしめられる。
冷やかな眼差しでその様をアルテミシアは見つめていた。

あの時、伝説でしかない魔法を使いこなした重臣である。彼の手にかかれば、アルテミシアなど容易に殺されるだろう。それも証拠は残らない。彼の目的を確実に阻んでいるアルテミシアを、イストールはなぜ殺そうとしないのか。

(そのあたりに、イストールの本当の動機があるようですね)

「あなたは、あくまでも、あの魔女どもを信じると仰るか」
「もちろんですとも。彼らは必ず人類のガイア帰還を成し遂げてくれます」
「ならば、」

(ならば?)

すらりとイストールが立ちあがった。ソファに腰掛けるアルテミシアは、不思議な色合いを浮かべた薄い色の瞳に見下ろされる。

「退位なされよ、アルテミシアさま」
「いたしません」

想定内の言葉であり、当然の答えであった。
皇位継承権を持つ直系の皇族は確かにアルテミシアひとりである。

だが、皇族を途絶えさせないがための血族が当然存在する。直系でなくとも、操り人形ならば傍系でもよいのだ。むしろ、いま、この状態になるまでその手段を用いようとはしなかったイストールに驚きである。そして何よりも、その不思議な眼差しが。

薄い唇が開く。

「わかっておいでなのか、アルテミシアさま。このままではあなたは最悪の汚名を歴史に残すことになる」
「ある意味、父上よりも名を知られた存在となるかもしれませんわね」

ふふ、と笑うと、スッと目を細めたイストールがその名を口にした。

「その道連れに、ミカド・ヒロユキを巻き込まれるおつもりか」
「……あなたに指摘されるいわれはありませんっ」

痛いところをつかれた。自覚があったからこそ、感情的に云い返す。
その後ではっと我に返り、余裕ある態度を演じた。

「それにしても不思議ですこと。まさかあなたがミカドを気にするとは」
「あれの兄たちは、本当にうるさいもので。ミカドを将軍職から解し、自分たちを同位の将軍にせよと申し入れがありましたよ」
「断ったのですか」
「いえ。宰相権限で許可いたしました。セイブル侯爵家の後継者を無謀な侵略行為で失うわけにはいきません」

ソファのひじ掛けに置いた手に、ぎゅっと力がこもった。

心情は複雑である。乳兄妹であるミカドには無事でいてほしい。戦場から戻ってほしい。けれどアルテミシアの望み通りの侵略をしてくれるのは彼しかいない。唇をかみしめていると、ふう、とため息が響いた。イストールだ。さすがに気分を害して顔を上げると、イストールは唇の端を持ち上げていた。

「アルテミシアさま。あなたは、――頑なに過ぎる」

それきり云い置いて、イストールは身をひるがえした。いつものように、丁寧な一礼もしやしない。
ただ残された言葉が不思議に温かく感じて、アルテミシアはそれが不思議だった。

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