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百貨店でけっこうな時間をとられたから、気づけばもう、お昼どきだ。
話し合いをするまでもなく、二人は足早に近くのファーストフード店に向かう。二人とも五百円で買えるセットを選んで、ギリギリ空いている席に座った。いそいで良かった。そう思いながら、まずはコーラをひとくち。シュワッとした感触に、ほうっと息をはく。
「いい買い物ができて良かったね、乃梨子ちゃん」
こちらはさっそくハンバーガーにかぶりつきながら、ニコニコ笑顔で結衣が言う。
ストローから唇をはなして、乃梨子は頭を下げた。
「奈元さんのおかげです。ありがとうね」
「どういたしまして。海斗が教えてくれた茶道具専門店もいいお店なんだけど、ちょっとお高いんだよね。大人ならともかく、学生のあたし達にはちょっと厳しい価格帯なんだ。でもそのお店の人もいい人でね、店主さんはなかなかお茶目なおじいちゃんだから、今度一緒に行こう。そうだ、ちょっと歩くけど、あとで甘味処にも行ってみる? 月替わりのアイス入りクリームあんみつを食べさせてくれるお店があるんだよね」
「いろいろ知ってるんだね、奈元さんは」
ハンバーガーの包み紙をほどく手を止めて、乃梨子は感心してしまった。
結衣はニヤ~っと笑って、「まあ地元民ですし?」と誇らしげにいう。
「あと、海斗に連れ回されたのも大きいかなあ。去年の夏休み、あいつ、和菓子屋巡りしたんだよ。おじいさんの和菓子が世界でいちばんだ、と言いながら、和菓子研究も大切だって言って。おかげさまでわたしは二キログラムも太りました」
「それはそれはゴシュウショウサマです。ダイエットは永遠のテーマだよね」
まあ、家でそう言えば母親からは「成長期が何言ってんのっ」と言われてしまうが。
母親は乙女心がわかっていない。少しでもほそく、かわいくなりたいという乙女心を。
(わたしはたしかに地味なんだけどさ)
乃梨子の顔立ちは、どちらかといえば凛々しいほうになる。だから結衣のようなかわいらしさは、乃梨子には縁がない。だからちょっとだけうらやましいなあ、とは思う。
もやもやがこみあげてきたから、ふり払うように頭を振って、ハンバーガーにかぶりついた。チーズのとろける感触とピクルスのすっぱさが美味しい。鉄板のポテトも最強だ。
「そういえばね、さっきの吉本さん。茶道を教わってるらしいの」
ウーロン茶を飲みながら、結衣がそう言った。
へえ、と驚きながら、吉本を思い描く。そういえば、いかにも着物が似合いそうな人だなあと感じたんだった。髪と瞳が見事に黒く、肌は対照的に白い。背筋がピンと伸びているところなんて、若菜やましろさまに通じるものがあった。
「だから、百貨店で茶道具の担当をしているのかな」
「ううん、順序は逆らしいよ。茶道具の担当になって、興味を抱いて茶道教室に通い出したんだ。そうしたら茶道にハマって来日したフランス人と出会って、結婚したんだって」
「それは、……すごいね」
茶道の魅力にとりつかれた人は、フランスにもいるのか。そうして人生まで変わってしまったのか。茶道の国の人として、誇らしいような、おそろしいような気持ちにもなる。
「うん。でもよくよく考えたらさ、あたし達も」
そこで結衣はさらに声をひそめた。
「ましろさまに茶道を教わってるんだもの。あやかしに教わるなんて、すごいよね」
神妙な顔を作って、乃梨子はこっくりうなずいた。
「たしかに。どうして茶道なんだろう、って気持ちにもなったけど」
「わかるけどさ、じゃあ逆に、ましろさまがたとえば剣道を教える姿って想像できる?」
結衣に問いかけられて、乃梨子は沈黙した。
着物がばつぐんに似合っているのだ。そりゃもちろん道着だって似合うだろうけれど、ましろさまが剣道を教える姿を想像しようとして出来ないのはなぜだ。そう考えて、ぺたんと折れた獣耳を思い出す。たちまち「むり」と短くつぶやいて、額をおさえた。
「なんか、あの獣耳を想像するだけで、むずかしい気がしてきた。あの獣耳に竹刀をぶつけるなんて暴力的だ、とすら思ってしまう。いざというとき、打ち込めない気がするよ」
「ね。バスケとかサッカーとか野球なんて、もっと想像できないでしょ」
「かろうじて、ということなら、囲碁とか将棋とか華道なんだけど」
「茶道とあまり変わらないでしょ、それ。系統的に」
まじめに話し合って、二人は同時に吹き出した。
頭の中ではあのましろさまがさまざまなスポーツをしている姿を思い浮かべている。絶望的に似合わない。想像すればするほど、ぺたりと折れた獣耳を思い浮かべてしまう。
そうしてハンバーガーを食べ終えた二人は、店内が相変わらず混んでいることから、さっさと店を出た。せっかくだから結衣おすすめの甘味処に向かうことにする。
ちょっとだけ並んだが、じきに席につくことができた。
日替わりのアイスはさくらアイスということだったから、二人してクリームあんみつを選んだ。でも失敗したかもしれないと遅れて気づく。
二人ともおしゃべりに夢中になって、気づけばアイスが溶けかかっていたからだ。