茶道部のおもてなし

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    「ましろさまの眷属が現れた?」

     まだ三年の教室にいた若菜が、驚いたように乃梨子の言葉を繰り返した。乃梨子と海斗は神妙な表情を浮かべ、結衣はあいまいな表情を浮かべている。

     あれから乃梨子と海斗は、姿を消したましろさまの眷属を探したのだ。だが、どう探しても見つからない。それでも諦めきれないところに、帰りが遅い乃梨子を探しにきた結衣と合流したのだ。そうしてましろさまの眷属が現れた事実を伝えたところ、「だったら若菜先輩に報告したら?」と結衣に提案されて、三年の教室に駆けつけたわけだ。

    「これまでにましろさまの眷属が現れたことは?」

     海斗が訊ねると、若菜は首を振る。

    「ないわ。少なくともわたしは聞いたことがない。学園長ならご存知かもしれないけど」

     そう言って、「それで、その眷属はどんな人だった?」と若菜が訊ねる。乃梨子と海斗は視線を交わした。

    「どんな人、というか、子供でしたよ。五歳から六歳くらいの生意気な感じの」
    「その子、なんだか怒った様子で言ってきたんです。『ましろさまをいじめるな』って」
    「はあ?」

     若菜と結衣の言葉がそろった。戸惑った様子で結衣がいう。

    「ましろさまをいじめるって、あたしたちが?」
    「その、ましろさまに茶道を教わっているにもかかわらず、お茶会に招待しないとは何事だ、とその子は言ってました。仲間外れにするな、とも」

     乃梨子がそういうと、「うーん」と若菜が苦笑した。

    「そうか。幼い子にしてみたら、そういうふうに見えたんだね。でもだからと言って、お茶会に招待するのはなあ。他のお客さまにどう説明したらいいのか、わからないし」

     ましろさまを見ることができない人ばかりをお客として招くのだ。生徒会の役員に、他の先生たち。どう考えても、その人たちとましろさまを、一緒にもてなすことはできない。そもそも、子供によって、部員たちにいじめられていると訴えられたましろさま本人だって、今回の茶会に招かれたいわけではないだろう、と思う。

     ただ、それでも乃梨子には思うところがあった。

    「いっそ、ましろさまや眷属の人たちを招いた、別のお茶会を催してはどうでしょうか」

     思いきってそう言ったところ、若菜たちの視線が乃梨子に集中した。

    「乃梨子ちゃん、それは……」

     結衣が言いかけたところを若菜が静止して、「なにか他にもあったの?」と訊ねる。乃梨子の代わりに海斗が「子供の母親ですよ」と短く答える。

    「子供を迎えにきたんですけれど、なんか、様子が変だったんですよね。おれたちに含むところがあるというか」
    「どことなく、わたしたちを快く思っていない雰囲気があったんです。そもそも、あの子だって、ましろさまがいじめられてるってどうして思い込んだのかと考えると」
    「母親の思惑が子供に伝わっていたんじゃないかってこと?」

     なんとも複雑な表情で結衣が訊ねる。乃梨子がうなずいたところ、「うーん」と若菜が腕を組む。そのまま考え込んだ様子の若菜に、二年生たちは沈黙する。

     やがて「実はね」と若菜が口を開いた。

    「わたしも前からちょっと思うところはあったんだよね。だってましろさまにはわたしたちに茶道を教えるメリットがない。恩返しでこの学園を守護している、茶道を教えていると言っても、ましろさまへの見返りが少ないでしょ」

     もちろん毎回の部活動のあとでましろさまに部員たちは感謝の気持ちを示している。相手は人間ではなく神さまに近いあやかしなのだからという考えもある。だけど、だからこそ、もっとましろさまをいたわっていてもいいのではないかと若菜は言った。

    「事実、ましろさまの眷属にはわたしたちがましろさまの好意にあぐらをかいているように見えていたのかもしれない。だからわたしたちへの反発が生まれているのかもしれない。わからないよ? それに、この学園の創立者がほどこした恩を軽んじてるわけじゃない。それでも、ましろさまと長く付き合いたいのなら、もっとこう、お互いにあたたかいものを渡しあってもいいんじゃないかなあ、と思うんだよね」

     あたたかいもの。それは感謝とか敬意とか思いやりとか、そういうものだ。

     人間関係だってそういうものがなければ、長く続いてくれない。まだ未成年の、人間経験が少ない乃梨子たちだってそんな事実を知っている。

     よくよく考えれば、人間とあやかしの間には絶対的なちがいがある。あたりまえに、見て、触れることも、素質がなければ難しいのだ。にもかかわらず、これまでましろさまとの関係が長く続いてきた理由は、ましろさまがおおらかな好意を向けてくれたからだ。

    「だったら」

     と、突然に結衣が真剣な表情を浮かべて口を開いた。

    「あたし、ましろさまたちをお招きする茶会をやりたいです。そして亭主をやりたい。一年のとき、ましろさまに助けられたから。あのときにも言ったけれど、感謝を伝えたい」

     なんでも、一年のとき、結衣は不審者に追われたことがあったそうだ。そのときに、助けてくれた存在が、ましろさま。まわりにいる大人たちより、警察よりも早く駆けつけて、ましろさまが結衣を守ってくれたのだという。もちろんましろさまは他の人間には見えないが、だからこそ容赦なく不審者を懲らしめてくれたのだとか。乃梨子にとってはじめて聞く話だが、若菜や海斗は知っていたらしく、いたわる表情で結衣を見ていた。

    「そうね。だったら奈元にお願いしたいところだけど、高橋兄弟もましろさまには恩があるのよねえ。自分たちも亭主をやりたいと言い出しそうだから、ここは公平にじゃんけんで決めようかしら。負けたら半東。それでも競争率高そうだけど」

     小さく笑いながら、若菜が言った。

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