3-(4)
「先日、わたしの眷属がそなたたちを訪れたそうだな」
次の部活動の日、部室を訪れたましろさまはいちばんにそう言った。
いつもにこやかなましろさまにしては珍しく、少し渋い表情を浮かべている。ましろさまを迎えた若菜が苦笑を浮かべ、乃梨子と海斗に視線を向けた。海斗が進み出る。
「あかつきくんとこはるさんがいらっしゃいました。どうしてご存知なんですか」
「こはるが報告してきたのだ。あかつきがそなたたちに暴言を吐いたと言って頭を下げてきた。わたしからも詫びよう。すまぬ」
そう言いながらましろさまは頭を下げる。乃梨子は海斗と顔を合わせて、ましろさまに向き直った。「謝らないでください」と海斗が言った。乃梨子もこくこくとうなずく。
「だが、」
「それよりおれ、もっと、ましろさまの眷属に会いたいと思いました。いつも和菓子を作ってくれている人は、こはるさんの旦那さんなんですよね? おれ、以前にもお話ししましたが、和菓子職人を目指しているんです。だからいつもましろさまが持ってくる和菓子を作ってくれる人のお話をききたいと考えたんですが、ダメですか」
「ダメではないが……」
海斗の発言は思いがけない内容だったのだろう。ましろさまは戸惑った様子だった。
若菜と視線を交わした隼人と翔太も進み出る。
「それにあかつきくんはなかなかいい蹴りを持ってるとか。おれ、会ってみたいですね」
「他にも眷属のかたがおおぜい、いらっしゃるんでしょう? ましろさまの眷属って、何人くらい、いらっしゃるんですか」
「なんだ、そなたたち。急にどうした」
いよいよ困惑が極まった様子でましろさまがそういうと、ぽんと若菜が両手を合わせた。ましろさまの視線を受け止めて、にこぉっと笑う。
「あかつきくんとこはるさんに、みんなも会いたいそうなんですよ。北原くんと中村さんだけが会うなんて不公平だという意見が出てきまして。というわけですから、ましろさまと眷属の皆さんを招いたお茶会を催そうと思うんです。当然、ましろさまが主賓、いえ、正客です。いらしてくださいますよね?」
「は?」
目を丸くしたましろさまが硬直する。結衣がこそこそと乃梨子に話しかけてきた。
「この流れ、ちょっと強引じゃないかなあ」
乃梨子もこっそりささやき返した。
「わたしもそう思うけど、あんなに楽しそうな若菜先輩を止められる?」
結衣は神妙な顔で「むり」と首を振った。だよね、と乃梨子もうなずいた。
ましろさまと眷属を招いて感謝を伝える茶会を催そうというアイディアは、部員たち全員の賛同を得られた。いちおう報告もしたら、学園長も賛成してくれたらしい。むしろ生徒たちからそういう提案をされたことに、学園長はとても感動して、喜んでくれたとか。
「本来であれば、わたしが亭主をするべきですが、部外者がしゃしゃり出てはいけませんね。皆さんにおまかせします。わたしのポケットマネーから予算を出しますから、好きなようにおやりなさい」
だからましろさまが来ない、部活動以外の日に部員たちは集まって、いろいろ決めた。
若菜の予想通り、ほとんどの部員が亭主をやりたがったが、熾烈なじゃんけん大会で結衣が亭主の座を勝ち取った。半東は、ましろさまに恩があるという隼人が行う。
なんでも、隼人が一年のとき、サッカーで痛めたひざを、ましろさまに治してもらったのだという。正確には、眷属に調合させた薬を持ってきてくれたそうだが、その薬を用いたおかげで、医者も驚きの回復を見せたそう。おかげで元のポジションに戻ることができたから、ましろさまには感謝をしてもしきれないそうだ。
そうして和菓子は、海斗が用意することになった。
はじめはいつもの茶会で注文している和菓子屋に注文しようという話だったが、海斗が自分で用意したいと言い出した。まだ中学二年生の海斗に用意できるのか、という疑問も出てきたが、海斗がこれまでに作った上生菓子の写真を見たら、その疑問は引っ込んだ。店に並ぶものに見劣りしない、見事な練り切りが並んでいたのだから、無理もない。ただ、本当に一人で作るのは大変だから、師匠である祖父に手伝ってもらうとのこと。
若菜と翔太と乃梨子は、他の準備をうけおう。
それからいちばんの重要事項、茶会を催す日にちも、話し合った。
四月中に催したほうがいいとか、中間テストが終わった六月がいいとか、いろんな意見が出たが、結局、五月第二水曜日の茶会のあとに決めた。決め手はやはり、「ましろさまを仲間はずれにするな」という小狐の発言だ。いつものお茶会に招待できないけれど、せめて同じ日のうちにおもてなししたいという意見が集まったからだ。なかなか無茶なスケジュールだという自覚はある。ただ、いまのままだと海斗の負担が大きくなるから、生徒会役員や先生を客に迎える茶会の亭主は翔太に変更した。
そこまで決めて、ましろさまが訪れる今日を迎えたのだ。みんな、やる気に満ちているし、ましろさまに承諾してもらおうという気合も入っている。じーっとましろさまを見つめていると、みなの表情を見回していたましろさまが、くつくつと笑った。
「……どうやら、そなたらに引く気はないようだ」
そう言ったましろさまは、どこか嬉しそうだった。
視線を交わし合った部員たちは、そろってうなずきあう。若菜が口を開いた。
「ええ、みんな、やる気いっぱいですからね。わたしたちの習練の結果、どうぞじかに、その目でごらんください」
「あいわかった。それで、わたしの眷属も招くとのことだが」
「はい。それでも五名が限界かなあ、と考えてるんですけど」
「そうだな。そのくらいが妥当だろうよ。こはくとこはる、あかつきを伴にしよう。ほかは、黒曜とさくらが妥当か」
見知らぬ名前がつらつらと、思案気なましろさまの口から告げられた。
わかっていたことだが、ましろさまにはそれだけの眷属がいるんだ、と実感した。不思議な気持ちになって、窓の外から見ることができる裏山を見る。日本の、どこにでもありふれているように見えるあの山の、どこにそれだけのあやかしがいるんだろう。
「わたしの館は、あの山から少しばかりズレた位置にあるのだよ。だから縁のない者には見えぬ。だが、せっかくだ。いつか、縁のあるそなたらを招いてもよいかもしれぬな」
ましろさまが唐突にそう言った理由は、乃梨子の視線をたどったからだろうか。
学園のある山から、ちょっとズレた位置にある、ましろさまの館。いつか行くことができるだろうか。乃梨子が見回せば、部員のみんなが夢見るような表情を浮かべている。
ましろさまがおかしそうに、くすりと笑った。