刺青

シーナは去り、男二人の旅となった。
正直なところ味気ないと云うべきだろうが、アルセイドとしてはようやく安定した心地を取り戻している。やはり感情不安定な女性の様子は、こちらにも影響を及ぼしていたのだ。まったくの憂いがなくなったわけではないが、それでも示された方向に向かっていると、やがてうっそうとした森に入り込んだ。人の手などくわえられていない、入り込んだら迷うこと確実の森である。

だが、ドワーフに教えられた方角は間違いなくこちらなのだ。ならば、と覚悟を決めてアルセイドは森に足を踏み入れる。無言でアイルも続いた。だがアイルは足を進める度に、森の枝を折る機転を見せた。

これならば、帰り道まで迷うことはない。アルセイドは前方に注意を向け、慎重な足取りで歩いていった。どれほど歩いただろうか。開けた場所に出る。元々暗かったこともあり、休養の必要を感じていたので、今宵はそこで休むことにした。火打ち石で火を焚き、夕食をこしらえようとする。その時だった。

闇の中から、次々と現れるものがある。矢だった。どす、どす、と地面に突き刺さり、たき火の火も消した。元の暗闇が戻ったが、アルセイドたちにはそれどころではない。剣を抜き、矢が放たれる方角とは逆の方角に身をひそめた。足音が聞こえる。

「人間よ。我らが森に立ち入り、枝を折り、火を焚くとはそれなりの覚悟があるのだろうな」

そうして現れたのは、見たこともない種族だった。人間と変わらない姿をしているが、耳が大きくとんがっている。長身で、弓矢を構えたままの様子だ。雲間が途切れて、月光が地上に注がれる。秀麗な顔つきに、ほりこまれた刺青が印象的だった。アルセイドははっと閃いて、剣を鞘におさめた。アイルが問いかける視線を向けてくるが、構わず姿を現す。

「はじめておめにかかる、エルフの一族の方よ。俺は」
「気づいている。長針だな。ようやく人間どもが我らが地より立ち去ることへの前兆」

だが、とエルフは続けた。

「それとこれとは話が違うのだ。スティグマの和を成したいという話だったが、」

これではな、と言葉を続けたエルフは注目した。
なぜ、それを知っているのだ。もしや、外と連絡を交わす手段でもあるのか。
アルセイドは考え込み、ならば、と言葉を発した。
そろそろと剣を抜き放ったまま、アイルも姿を現す。

「あなた方に罰していただきたい。あなた方のルールでは、わたしたちの罪はどれほどのものになるのか」
「アルセイド!?」

なにを云いだすのか、とアイルが呼んできたが、弓矢を構えたままのエルフはふっと笑う。面白い、と呟く

「ならば、その罰を与えよう」
「動くな、アイル!」

しゅっと矢が放たれた。アイルが動き、その矢を切り落とそうとする、その動きをアルセイドは制した。
頬にしゅんと痛みが過る。ぎりぎりの距離だった。身動きしないアルセイドに感心したようにエルフは目を細めた。

「命までは取られないと計算していたのか?」
「いや。あなた方の罰をはかる手段を俺は持っていない。ただ」
「ただ?」
「森の枝の命を俺たちは奪っていない。だから傷つけられるだけだろうと思った」

ふ、と愉快そうに声をあげて、エルフは弓矢を下す。他の位置からも姿もエルフは姿を現した。背後からもだ。まったく気配を感じることはなかったことに、アイルがぎょっとする。アルセイドは落ち着いて、初めのエルフを見ていた。この態度の違いは、戦場における経験値の違いによるものではないだろう。単純に、異なる種族への耐性によるものだ。

「森の命、傷つけた罪は重い。だがそれは、おまえではなく、そちらの男が背負うべき罰であったな」
「っ。待ってくれ」
「だが、状況を聞きだすこととしよう。我らは野蛮人ではない。2人に縄をうて!」

初めのエルフが声をあげる。アルセイドは大人しくされたままだったが、アイルはやはり暴れた。
アイル、と呼びかけると、悔しそうな面持ちながらに抵抗をやめる。月は隠れている。その中でも支障なく動ける彼らに対抗する愚を悟ったのだ。

「では村に戻るとしよう。およそ50年ぶりとなる来客だな」
(50年?)

奇妙な数値が現れた、とアルセイドは思った。50年となればアルセイドも生まれていない。
ここはそれほどの秘境なのか、といぶかしく感じた。

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