蜘蛛の糸

「派手な登場だのう」

苦笑と共にシュナール老が告げる。合わせるようにアルセイドも苦笑し、ふと羨ましげに若長を見上げているカイナを見た。そういうところはまだ子供らしい。

だが衝動を抑え込んでいるようなので、微笑ましく沈黙していた。背中を押して若長と戯ればいいい、そう提案することは簡単だ。だが幼さの残る身で必死にレジスタンスのリーダーとしてふるまっているカイナを知っている。子供扱いはどうかと思ったのだ。

「話し合いはどのような形で決着したのだ?」
「おおよそ、伝達した通りじゃよ。帝国は侵略を止める。賠償などの問題はいまはこちらも受け入れる余裕がないが、後ほど必ず、決着をつけるとアルテミシア皇帝はおっしゃっていた」

ほう、と魔女が声を上げると、シュナール老は複雑に息をついた。

それはそうだろう、とアルセイドも思う。現状を顧みれば、人々の意思をまとめるために侵略する、というアルテミシアの決意は宙に浮いた形になるのだ。もっと早くにアルテミシアがいまの決意を見せていたのなら、失われる命の数は確実に減少していた。

ふと、強い視線を感じて顔を動かす。ロクシアス皇子だった。静かな眼差しで、瞳が合うとにこりと微笑む。たちまち警戒心が発動していた。ゆっくりと歩み寄る彼に対して、だが人前で何もしないだろうと判断して向き直った。

「それでアルセイドどの、この後はどのように?」
「ガイアの正確な地図を作製する。おおよその地図は魔女や魔法使いが描けるから、それを元に描いて、国別に案内する」

元々、と、若長の背中で聞いた話を思い出しながら、アルセイドは他のメンバーにも聞こえるように伝えた。

「帝国に侵略されてしまった国々は、元のガイアの国をそのまま移動させたものだったらしい。だから帝国が侵略を止めるというのなら、元の国々に解体し、その国々に戻す、という形になる。もちろんそれまで暮らしていた地域との違いがあるだろうから、お互いの国に行き来が可能となるように制度を整えなければならないが」
「それでは人類すべての意思はまとまりにくくなるのではないですか」
「それは聞き流せない言葉だの、第一皇子どの」

シュナール老がわずかに冷ややかな口調で言葉をはさむ。

「元々我らは、祖国を解放したいがために戦ったレジスタンスじゃ。祖国解放は、いわば我らにとっては当たり前の目的。ましてや帝国が侵略を止める、権限をこちらによこす、ということであれば、祖国を取り戻したいという本来の願いをかなえるのは当然のことであろ?」
「まずはガイアに帰還しなければならないことはわかっているのサ。けれど帝国の侵略に憤りを覚えていた身としては、祖国が解放されるという前提がなければ動くことは出来ないネエ。協力し合うことも大切だけど、その為に何もかも譲るつもりはないよ」
「ま、それは当然だとしても、いまは具体的な順序をまとめていこう」

シュナール老とギルドマスターが続いて告げる。ロクシアス皇子に表情の変化はなかったが、だからこそ危うくも感じて、アルセイドは口をはさんだ。ふと興味を引かれたようにロクシアスはアルセイドに視線を向ける。

「そういえば、長針、という役目を負ってらっしゃるのですね」
「ああ、そうだが?」
「ではあなたは、私たちの弟であるのですね」

はっとその場が緊張した。アルセイドは今、この場でそんなことを告げるロクシアス皇子の意図が分からず目を瞬かせる。シュナール老がわずかに目を細める。カイナは驚いたようにアルセイドを見上げた。

「そうなのですか? あなたも帝国皇族でいらっしゃったのですか?」

ためらいを覚えた。たしかに皇族の血筋を引いているらしい。だが、長針としての役目を背負うがために捨てられた、ということを話しても理解されるだろうか。既にアルセイドを見つめる眼差しが変わりつつある。ふう、と、魔女が息をついて割り込んでくる。

「それは事実だぞ。だが、こやつは生まれてすぐに先の帝国皇帝に捨てられた皇子でもある」
「捨てられた……? なぜ?」

魔女とカイナの会話を皆、息をひそめて聞いている。

ふとロクシアス皇子をそっとうかがうように見つめた。
静かな表情は何を考えているか分からない。だが、整った顔は、だからこそ冷たさすら漂わせている。帝国の皇子、彼の野心には気をつけるがよい。いまはくつろいでいる竜族の若長はそう云ったものだった。その言葉を思い出した途端、雷光のように閃いたものがある。

ロクシアス皇子は、アルセイドがレジスタンスや帝国を束ねて指示することが、厄介だと感じているのではないか。

「わたしにもよくわからぬ成り行きだが、長針がわたしを目覚めさせると帝国の皇帝は解釈したらしいな」
「だから、捨てた?」

ひどいことを、といいたげに眉をひそめるカイナに同調する動きがあった。だが、ミネルヴァ皇女の言葉にしんと言葉を失う。

「ならばアルセイドとやら、アルテミシア皇帝の命を救ってはくれぬか。おまえの姉妹であるのなら、少しくらいの恩情は許されるだろう?」

馬鹿な! とレジスタンスのメンバーの一人が叫ぶ。そうだそうだ、とその叫びに同調するメンバーもいた。
そんな騒ぎの中、自分の意思を告げることにはさすがにためらいがあった。だが、寄り添うように魔女が左側に身体を寄せた。無言の意思表示に励まされ、アルセイドは口を開いた。

「アルテミシアを死なせるつもりはない」

たちまち起こった騒動は大変なものだった。罵声と云ってもいい。怒鳴り声すら聞こえた。ミネルヴァ皇女が表情を明るくさせ、ロクシアス皇子が満足げに微笑む。そんな2人に叩きつけるように、さらに言葉を続けた。

「なぜならそれが、奴の望みだからだ」
「え、」

ミネルバ皇女は息を呑み、ロクシアス皇子は眉をひそめる。魔女も口を開いて、言葉を添える。

「わたしもそう聞いた。人類の意思をまとめるために、アルテミシアはあえて侵略を行うと。セレネが危機に瀕していることはあやつも、知っていることだったからな。我々2人の行動すら見通して、侵略を進めたのだ」
「では、――我々は彼女の駒だった、ということか!」

レジスタンスの1人が声を上げる。刺激的な言葉に、息を呑み、お互いを疑うようにメンバーたちが互いの顔を見回す。まずい、とアルセイドは思った。原因は自分の言葉だが、このままではレジスタンスの結束までも揺らぐ。どうしたものか、と思ったときに、ロクシアス皇子が口を開いた。

「駒などではありません。皆さんは自らの意思で、行動なさったのでしょう。それをどうして駒と云いますか」

凛と涼やかに響く声だった。アルセイドは皇子を見つめる。穏やかに、諭すような表情を浮かべている。

(野心)

再びその単語が閃いた。視線を感じて見下ろすと魔女が気遣わしげに見つめてくる。
アルセイドは首を振った。

「わたしもそうです。事情を知らないまでも、それでも最善と判断してあなた方と行動を共にした。その判断を、妹の意のままに操られた結果だとは思いたくない。――思えない。なぜなら私には積み重ねてきた行動があるのですからね」
「復讐など、どうでもいい」

その時、カイナが口を開いた。幼きリーダーはぐるりと見回し、同じレジスタンスのリーダーたちを見つめる。

「それよりも考えるべきは、これから先、ガイアの地でいかに過ごすかということだ。思うことは様々にあっても、いまは優先順位を間違えないようにしよう。現実には、アルテミシア皇帝に我々が殺される、ということもありえたのだから、それが叶わなかっただけでも良しとしよう」
「ガイアの地は、まったくの更地というわけじゃない」

ようやくアルセイドは口を開いた。視線が集まる。魔女が心得たように言葉を添える。

「なにせ、500年前の人々も逃げ出すことで手いっぱいだったからな。崩壊した建物がまだ並んでいる。その上に緑がおおっていて、人は住めぬ状況だ。平地はあるし、生き物も存在している。おそらく国レベルの話が出来るのは、まだまだ当分先の話になるぞ」
「まずは開墾ですか」

ロクシアス皇子が魔女の言葉尻を奪って、顎を指でつまんだ。その彼にも集まる視線がある。

「ならばセレネから材料を運んだ方が良いですね。竜族の若長どの、魔法の収縮はそれに間に合いますか」
「さほどの時間はない。ガイアでも材料はあるだろうから、先に人々を移動させるがよかろう」
「ならば」

そうしてロクシアス皇子はとうとうと今後の予定を話し始める。それが具体的なものだから、集っていたリーダーたちは真剣な表情で聞いていた。

アルセイドは微笑を浮かべ、そっとその場から離れた。もともと、レジスタンスとしては客員的な立場だ。異議はない。若長の元に向かうアルセイドに、魔女だけがついてきた。少しだけ怒ったように口を開く。

「気にくわぬ、あのロクシアスという男」
「魔女?」
「おまえの立場を奪い取ってしまったではないか。本来、話を進めるべきはおまえだったのだぞ」

自分の為に怒っているのだ、と気付き、唇がゆるむ。
抑えようとしたが、あえて心のままに笑いかけることにした。

「いいさ。おれはリーダーという柄じゃない。なりたい人間が指示をすればいい」
「欲がないぞ、アルセイド」
「欲がないというより、」

やる気が起こらないのだ、と、アルセイドは納得している。

若長は野心と告げたか。
ロクシアス皇子の意思は明確で、蜘蛛の糸のようにその邪魔となりうるアルセイドにまとわりつく。

冗談ではない。それはアルセイドにとって迷惑な話であるし、皇子の敵意など手放せるものなら手放したい。だからロクシアス皇子がこの場を仕切ることも、今後のことに対しても指示することは構わないのだ。それは彼の方が優れているからという理由ではなく、どうやら彼の方が向いているからという理由だ。

アルセイドはそんなことに思い悩むよりも、ただ、自由に心のままにふるまっていたいのである。むしろそう云い意味では、魔法使いの方が意識せざるを得ない存在ともいえた。

「まあ、おまえが納得しているなら、それでいい」

魔女も結局やわらかく微笑んだ。若長が温かく眼差しを細めて、首を寄せる。アルセイドは手を差し伸べて、自らの意思をゆがめることなく理解してくれる存在にまぶたを閉じていた。

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