はじめての日

彼女に頼まれ探していた子供は、教会にある聖母像の前で見つかった。

珍しい子供だな、初めにそう感じた。王宮に出入りできる子供は皆無ではない。だから子供の姿は珍しくないが、よりにもよって教会区域に入り込んでいるとは思わなかった。訓練場なり軍馬の飼育場所なり、もう少しにぎやかなところに向かうものだ。ましてや騎士を志している子供ならますますそうだろう。男がここを訪れたのは、あらかたの探索場所を探したあとだからにすぎない。

まあとにかく、これで彼女の依頼を果たした。あれだけ沈着な彼女も、子供のことになると母親になるんだな、と考え、唇がたわいなくほころんだ。
さてどう声を掛けよう。考えていると、背中をこちらに向けたまま、子供が話しかけてきた。

「不思議だよね」
「……。なにがだ?」
「聖母さまだよ。どうして彼女は子供を止めないんだろう」

男はようやく子供から聖母像に視線を向けた。
処刑された子供を抱きしめ嘆いている聖母。ああ、と子供の告げている内容が理解できた。

子供らしい質問と云えばそうだろう。だが子供らしくないやつだな、と男は感じた。わざわざ教会区域に立ち入って、数ある宗教関連物から、この聖母像を選んで注目している。その理由は、おぼろげながらに男にも察することが出来た。宮廷魔術師である母親と早くも将来を嘱望されている子供。他のどの題材より、身近に感じられる題材だったのだ。母と、子。自らを投影しやすい。

「止められるもんじゃないだろう。子供は救世主だったんだ。世のため人のために動いている子供をどうして止められる?」
「つまらない答え」

あっさりと可愛げのない答えが返ってくる。悪かったな、と、思いながら、子供の苛立たしげな言葉を聞いた。

「止めてもよかったんだよ、母親なんだから。どんな子供だって母親の頼みなら聞き入れる。……どんな子供だって、母親をここまで嘆かせようとは思わない」
「それはどうかな?」

子供の言葉に、男は口をはさむ。うまくやり過ごして、彼女の元に子供を連れて行こうとしたが、口をはさまずにいられなかった。

この子供は、すでに将来、武によって国に仕えることが決定している。おそらく指揮官として戦場に送りだされることになるだろう。

国の運命を担い、多くの命を預かり、多大なる責任を負わされる。下士官である自分とは、そもそも生まれも違うのだ。だから余計な口出しはするべきではないと考えていたが、子供の狭い視野にほんの少し、危うさを覚えたのだ。
むっとしたように、ようやく子供が振り返る。振り返った子供は、やはり彼女に似ていた。黒い髪に白い肌、――ただ瞳は父親譲りなのだろう。彼女とは違う色をしていた。

「どういうことだよ」
「人が本当に走り出したら、誰にも、母親にだって止められないってことさ」

お前だって母親が本当に望むことがあったら、叶えてやりたいと思うだろう。
そう続ければ、理解の光が瞳に瞬く。けれど納得しきれない様子で子供は首を振った。

「それでも母親は止めてもよかったんだよ。嫌なら嫌と云っていいんだ」

ふっと男は笑った。そろそろ子供がなにに反応しているのか、本当にわかり始めていた。王宮には理解を助ける噂もある。ましてや彼女を知る身だ。同じ存在を取り巻く身として、なんとなく察せられるものがある。彼女はとにかく我慢強く、不満をもらさない。それは同じ屋敷に住まう子供から見ても、明らかな特徴なのだろう。あるいは、もどかしい特徴とも云えるか。

「嫌と云わない、――矜持もあるだろう」

あえて矜持と云う表現を使ってみた。

つらいこと、かなしいこと、くやしいこと。たくさんあるだろうに、彼女は決してなにも云わない。ピンと伸びた背筋に揺らぎはない。

それはまるで、降りかかる困難はすべて受け止めると決めているかのようで。

勝ち負けではない。ただ、揺らがない自分であれ、と、実績と実力に裏付けられた自尊心で彼女は自らを支えているのだ、と、感じ取っていた。難しい言葉を出したものだから反発を招くばかりかと子供を見下ろす。しかし、子供も同じことを感じ取っていたのだろう。不満そうに悔しそうに口をつぐんでいた。男はふっと口端を上げる。

だが。この子供は知らない。

子供がそこまで大切に想っている母親、――彼女が、子供の姿が見つからないと気付いた途端、普段の落ち着きを放り出して狼狽したことを。
この子供は、そこまで彼女を揺らがせる存在。そうであることを子供は知っているのか。

「だから母親を嘆かせたくないと云うなら、子供が考えるしかないな」
「?」

惹かれたように見上げる子供の頭に、ポンと手をのせる。さらさらとした感触と子供特有の高い体温が伝わる。

「自らの望みと母親の望み、どちらもうまく生かす方法を」

ぽかんと子供は男を見上げてきた。口端だけの微笑で見下ろして、くるりと子供の向きを変えさせる。出口に押し出された子供は、ようやく男の用事に気づいたらしい。「あんた、もしかして」、わずかに頬を赤らめて問いかけようとするから、からかうような笑みに変えてやった。

「なんにせよ、母親を心配させないというのが、その第一歩じゃねえ?」

09:はじめての日▼
(ファンタジー 将来の上司と将来の養父)なんだか昨日と雰囲気が被るなあ。そう思いはしたのですが、「はじまりの日」と云う御題にはこれしかないと書きました。やっぱりね、「はじまりの日」と云うからには出会いでないと♪ 大人びた子どもに構えない他人の大人である男だからこそ、母親至上主義な子供も男をいずれは養父として受け入れるのでした。……一歩間違えたらJUNEになりそうな題材かもー。

2011/07/19

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