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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

彼は開店を待ち続けている。あるいは、彼女を。

(まだ、開いていない)

店の前まで歩み寄って、どことなく気落ちする心地で呟いた。慣れない格好をして訪れたと云うのに、この料理店は相変わらず固く扉を閉めたままだ。
このわたしに、幾度となく足を運ばせるとは何事だ。そう云ってやりたい気持ちは、閉店したままの店を前にしたら、力なく口の中に消える。このまま待ち続けても状況が変わるとは思えないから、やむなく踵を返して歩き始めた。ゆっくりと歩くわたしを追い越す人々に埋没し、あの不届きな女を思い出す。

――あの女の料理を味わえなくなって、もう1年だ。

長いと云うべきなのか、短いと云うべきなのか。その判断は他人に任せよう。ただ、いまとなってはあの女の料理が味わいたくてたまらない。欲求だけがはっきりしている。だから足を運んだ。この、わたしがだ。

あの女の、――エマの料理は誰にも真似が出来ない。

<あちら>や<こちら>に存在する、数多くの店に足を運んでいる、わたしだからこそ云える言葉である。
数多く存在する食材の特徴を効率よく覚え、そして柔軟に利用する。その技は先代、先々代から伝わってきたものだと云うが、その技はエマの代になって完成したと云っても過言ではないだろう。

――また、いらっしゃい。喜んでごちそうするわ。

(うそつきだな)

最後に会ったときの言葉をあざやかに思いだし、思わずそう呟く。うそつきめ。また料理をふるまうと云ったくせに、おまえは店を閉めているじゃないか。おかげでわたしは無駄足を踏む羽目になったんだぞ。

けれど同時に、彼女の料理にかける情熱を知っているものだから、訝しく思ってもいる。

いっそのこと、彼女のことをよく知る人間のところに行って、店のことを訊ねてみようか。
研究熱心な女だからこそ、時には無茶をする。自分の心身の調子にも無頓着であったことも思い出せば、あるいは体調を崩して休養しているのではとも思う。

そうなのだろうか。そうなのかもしれない。
ならば明日こそ、この店に訪れたときには、まわりの人間のところに訪れて訊いてみることにしよう。

そう、明日こそ。
明日になれば――。

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