深い森の奥に、行ってはいけないよ。
ごちそうを用意した悪い魔女が、子供を捕まえようと待ち構えているから。
「なんて話を聞いたよなあ、兄弟」
「聞いたわよネエ、そう聞いて育ったのよネエあたし達」
くつくつと泡が出ているスープをかき混ぜながら弟が言えば、肉叩きした肉に塩胡椒している兄が答える。幼い頃の話だ。近所のおじさんおばさん達から教わった話は、深い森の奥、ごちそうが用意されている、と解釈できる戒め話だった。
だから親に捨てられた兄弟は森から抜け出るのではなく、森の奥に向かうことを選んだのだ。悪い魔女が待ち構えていたとしても、実の子を捨てる畜生の元に戻るよりマシだと思ったから。
「それがなあ」
「それがネエ」
森の奥に、小さな家はあった。
魔女も住んでいた。
当時を思い出してしみじみとした感慨に襲われていると、居間の方からひょこりと小さな娘がのぞき込んできた。いや、黒いワンピースをまとった、実年齢百数年を数える魔女その人だ。白い髪に赤い瞳、幻想的な容姿の少女は、おそるおそる口を開いてきた。
「……ね、ねえ。何か手伝うこと、ある?」
「ねえよ」
「引っ込んでてちょうだいな、まぁま」
素っ気なくあしらえば、娘は明らかに気落ちした。かわいそうに思うが、しかたない。悪い魔女と噂の彼女は、言語を絶するほどの料理下手なのだ。
もう十年も昔になる出来事。
兄弟は森の奥で見つけた。
三人で暮らせる程度の小さな家と、自分が作ったごはんを食べられなくてべそべそ泣いている魔女を。
『ま、まずいの。ごはん、せっかく作ったのに、美味しくないのぉ…………っ』
そう、もう十年も経つのだ。
魔女と一緒に、まずいご飯を泣きながら食べた子供達も、ちゃんと美味しいご飯を作れる大人になった。
もう、どこでも生きていける。
二人の兄弟は、魔女が子供達の将来を考えて、ここから兄弟を追い出す方法を模索していることを知っている。魔女自身は一人で生活できるようになるために、と、家事のあれこれに手出ししたがってることも気づいている。
でも。
「いける訳ねえだろ」
「いまだに玉ねぎひとつ刻めない人がいるんだものねえ」
焼きたてのパンに、とろとろになるまで煮込んだオニオンスープ。
それから、絶品と言われるほど極めてきたシュニッツェル。
「おら、できたぞ」
「熱いうちに食べないとね。ほら、ママ、座って?」
「うう、子供にご飯の支度ばかりさせるなんて、わたし、ダメな大人になっちゃう……」
シクシクと嘆いている娘を笑って、若者になった兄弟もテーブルについた。
そして三人家族になった元子供達は、深い森の奥にある小さな家で、ささやかなごちそうを今日も共に食べるのだ。
025:ごちそう▼
(ファンタジー 魔女集会で会いましょう)
pixivをよく見るんですけれど、お気に入りのタグがあります。それは、「魔女集会で会いましょう」というタグ。素敵なイラストや漫画があるから、ウキウキしちゃうんですよね。で、今日はせっかくのお題だから書いてみました。そう言えば、小説もあるのかしら? うわあ、検索してみようかなあ。拙作では、兄はオネエで弟は筋肉青年、魔女は小柄な不老少女です。
2019/08/26