日常、あるいは非日常にある彼はひそやかに企む。

「それではこちらの書類にサインをお願いします」
「ああ」

まったく次から次へと仕事がわいてくる。

わたしはうんざりとした様子を隠さずに、執事が持ってきた書類に目を通した。伯爵と云う地位は、便宜上、与えられたものではあるけれど、その職務に違いはない。任された領地を管理し、王に忠誠をつくす。

だがわたし自身は気軽な待遇を好ましく感じるため、一日中書斎にこもってこなす仕事を窮屈に感じることが多い。こういうときこそ、仕事を切り上げてアヴァロンに行きたいものだ。しかし書類の山は高く、また、太陽の位置も中天にある。抜け出したとしても、あの料理を味わうことは不可能だ。

ならばあの時間を心おきなく堪能するため、仕事は片づけなければ。

「それから伯爵がお招きの人物が、つい先ほど屋敷に到着なさいましたが」

ぴたりとペンを止めた。

「――では、ひとまずその人物に会うことにする」
「伯爵」
「わたしが招いたのだ。礼は尽くさなければな」

有無を云わせず、わたしは立ち上がった。長い時間、同じ態勢でいたため、わずかに身体がぎしりと鳴る。咎めるようなまなざしを向けていた執事は、やがて諦めたように溜息をこぼし、わたしに従うことにしたようだ。かすかな微笑を浮かべて、わたしは歩き始める。

今回招いた客人は、先日、エマの食堂で見かけた農業従事者である。

異世界には異世界の決まりがある。それは<こちら>と<あちら>を行き来する以上、わきまえておくべき当然のルールではあるが、今回、アヴァロンにまつわる事情は、さすがのわたしも困惑してしまう事情だ。

せっかくの熱意と技術を併せ持つ、正当な後継者だと云うのに、エマの血統は、アヴァロンの経営を引き継ぐことを拒絶している。彼女の云い分は理解した、だがその本意はアヴァロンを継ぐことだろう。それなのにつまらぬ事情で拒絶し続ける行為は理解不能だ。

ただ、事態は変化を迎えつつある。

ならば、ささやかに手出ししても構わないのではないだろうか。まったく素直ではないエマの血統の本意を引き出すために。

そして、このわたしが望む状況に持ち込むために。

 

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