喪失は喪失ではなくて、彼女のかけらはここにある。

ひどい顔つきをしていた娘が、いつもの表情を取り戻してアヴァロンを出ていった。母親の云う通りに夜に備えるのだろう。

素直な娘だ、と苦笑交じりの思考で呟く。だからこそ他人の思考に流されやすいが、その特徴は他人の助力を引き出す効果ももたらしている。

(エマとは対照的だ)

外見はあれほど瓜二つなのに、と昨夜を思い出す。

血統とは不思議なものだ。あれほど似ている、まったく別の存在を生み出す。だからといって錯覚が芽生えることは無いし、胸が痛むことも無い。

この胸に満ちるのは深い感謝の念だ。すでに世界となった存在を、見事に再現してくれる理を僥倖のように感じる。

「……お茶のお代わり、ご入用ですか」

想いを巡らせていると、こわばった声が聞こえた。エマの娘。先日、わたしを非難した娘は、何らかの心理的変化を迎えたのだろうか。不器用な努力が伝わってきて、仄かに微笑んでしまった。

「いただこう」

唇から緊張を解き、薫り高い茶を注ぐ。エマの欠片はこのようなところにも潜んでいて、浮かべていた微笑みが深くなる。エマの娘は、再び口を開いた。

「母からあなたに、伝言があります」

眉をあげて見つめれば、早く云い終えてしまいたい、と云わんばかりに、唇を素早く動かす。

「いついつまでも。このわたしから続く血統は、あなたというただ一人のお客さまを待ち続けるでしょう」

まぶたを伏せて、その言葉を受け止める。
注がれる視線を認識していたが、この状況でふさわしい言葉はない。

どんな想いも、いまとなっては、エマに届くことは無い。別人でしかない娘に、告げるべき言葉などない。

左手の紋章を強く意識した。わたしの一部、わたしの歪みだ。それが疼いている感触があった。
震えるように溜息をつく。ようやく顔を上げた。母親らしい表情を浮かべもする顔が、いまはまるで意地を張った子供のような表情を浮かべている。

<完璧たる種族>――、世界になることを約束された種族を、こんなときには不思議な存在だと感じる。

「ありがとう」

娘は口端を持ち上げた。エマの欠片をふりまいて。

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