実は最高位の魔道士なんです。

そもそも雇用人だからと云って、空腹を我慢し過ぎた態度がまずかったのだ。

きゅるきゅる、とお腹が軽い音を立てる。思わず赤面すると、聞き捉えたらしい主人が軽く笑った。悪かったね。きゅっきゅと皿を磨く合間に、小さく言葉を投げかけてくる。

「ちょうどいい頃合いだ。先にお昼に行っちまいな」

はい、と口で応えながら、キーラは店内を見回した。午後の光が差し込んでいる室内には、濃褐色のテーブルが並んでいる。テーブルについているお客はほんのわずかだ。自分自身でも納得して、前身頃を覆うエプロンを外そうとしたとき、扉のベルが軽やかに鳴り響いた。

新たに入ってきたお客は、金髪の青年である。

とっさに主人を見て、判断を仰いだ。詫びるような眼差しに、笑って首を振る。お客を迎えるのはキーラの仕事だ。休憩時間が遅れたところで詫びてもらうような筋はない。

落ち着いた風情で、入り口に佇む青年に声をかける。青年を見ているお客の視線を感じた。かすかなざわめきも聞こえる。近づいてみて納得した。この港湾都市マーネにおいて、ちょっと珍しいくらいの優美な美青年だ。

そんなことを考えていたから、反応が遅れた。
その優美な美青年は、ふわりと流れるような動作でキーラの脚元に跪いたのである。

唖然と口を開いた。ざわめきが大きくなる。
だが青年の言葉を聞いた途端、キーラはさーっと血の気が下がっていく心地を覚えた。

「尊き紫衣の魔道士たる、キーラ・エーリンどの。あなたにお願いしたい件があり、参上いたしました」

紫衣の魔道士っ、と主人が悲鳴のような声を上げる。無理もない、紫衣の魔道士と云えば、世界に十三名しかいないといわれる最高位の魔法使いだ。さまざまな人が集まるマーネであっても稀少である。雇用人の一人がそうだと知らされ、平静でいられる人間は少ないだろう。

だがキーラは困ったように見える微笑みを浮かべた。この場はしらばっくれるに限る。

「何のことでしょう。お客さま、他のどなたかとお間違えなのでは?」

ところがこの青年は、にっこりと侮れぬ微笑を浮かべたまま、言葉を続けたのだ。

「間違えるはずもありません。他でもない魔道士ギルドの長にうかがって参りました」

くそじじい。思わず漏らした罵声が、なによりも明らかな肯定となる。
ざわめきは種類を変える。おそるおそる主人の様子をうかがい、キーラは舌打ちした。

我慢などせずさっさと休憩に行っていれば、職を失うこともなかったのだ。

 

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