資格が職探しに役立ちますか? (3)

「あたしは飲食店で働きたいの。魔道士としての仕事なんか、していられないのよ」
「……あなた、紫衣の魔道士ですよね?」

 困惑したように疑問を発した気持ちは、不本意ではあるが、キーラにも理解できる。
 しかし声を大にして主張したい。確かにキーラは最高位の魔法使い、紫衣の魔道士である。だがそんな事実が、この胸にたぎる想いの妨げになってたまるか、と。

「では逆にお訊きするわ。紫衣の魔道士、という資格が、職探しに有効だと本気で思うの?」

 資格、と、複雑そうに呟いたアレクセイは、「それはもちろん」と頷いた。嘆かわしい。キーラは溜息をついた。この青年は、他の人たちと同じように、何もわかっていない。本当に有効であるなら、現在のような状況になっているはずがないではないか。

「そんなはずないじゃない。そもそも魔道士とはどういう存在だと思ってるの」
「世界に働きかけ、常人には不可能な技を可能とする人々だ、と認識しています」
「そういうことじゃないの。魔道士とはね、つまりは半端なオタクなのよ」

 きっぱり云いのけると、アレクセイは「オタク」と呟いて絶句した。

 だがキーラはそう考えている。確かに不思議の技で戦うことが出来る。世界に対する深い知識も持ち合わせている。しかし戦士という意味なら魔道士は騎士たちには敵わないし、識者と云う意味なら魔道士は研究者には敵わない。半端な存在なのだ。

 確かに魔道士をありがたがる風潮はある。戦士であり、識者でもある。
 つまり、使い勝手がいい。

 けれど堅実でつつましい生活を送ろうと思えば、これほど使えない資格はない。普通の生活に戦士としての技能は必要ないし、得た知識も生活に役立つような知識ではない。つまりは最高位の魔道士という資格持ちでも、資格を持っているだけでは食べていけないのだ。

「だからあたしは、生活の糧を得る手段として、飲食店の店員を選んだのよ。将来は、カフェを開きたいの。美味しいお茶とお菓子を出すお店を開いて、このマーネで平和に暮らす。そのためにはお金を貯めなくちゃいけないし、お茶を淹れる技能もお菓子を作る技能ももっと手にしなくちゃいけない。あなたの依頼なんて受けている暇はないの」
「おもしろいですね」

 唐突な言葉にキーラはぱちくりと瞳を瞬かせた。くすりと笑んで、アレクセイは云う。

「ならばなぜ、あなたは紫衣の魔道士になったのですか?」

 思わずキーラは言葉につまる。
 なぜ、紫衣の魔道士になったのか。いまの主張を聞けばだれもが抱く、当然の疑問だろう。
 脳裏に過去のひと幕がよぎる。だが襲いかかる感傷をきっぱり振り切って、キーラは人差し指を立てて真面目な表情で告げた。

「それはね、大人の事情と云うものよ」

 アレクセイは苦笑を浮かべた。「なるほど」と呟いて、ようやく事情を理解してくれたらしい王子さまは、それでもやはり、諦めが悪かった。

「報酬なら弾みますよ」
「楽して稼ぐことを覚えたくないわ」
「依頼を達成された暁には、王宮のシェフに師事出来るよう、取り計らいます」
「思想の違いね。あたしは限られた人専用の料理人に教わるつもりはないし」
「箔もつきますよ?」
「勝負は実力で挑むものよ」

 きぱきぱと応酬する。
 ここで負けてなるものか。キーラは眼差しに気合を込めて、にこやかな仮面を取り戻したアレクセイに向かい合う。とにかく依頼を諦めさせるのだ。すでに噂はマーネに広がっているが、王子さえいなくなればいずれは噂も消えていくだろう。その頃を狙って、もう一度就職活動をする。そうしたら就職の可能性は高まるはずなのだ。

 たとえ、そもそものはじまりに、わざとらしく職場で跪いて、紫衣の魔道士どの、とまわりに聞こえるような声で呼びかけてくるような、抜かりない人物が相手であっても。

 なんとしてもキーラは、依頼を諦めさせなければならないのだ。

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