「いまが中世の時代ではない事実を感謝するべきでしょうか」

この日。

心配してずっと探し続けたお嬢さまは、よりにもよって強い雨が降り続けるなか、はずれにある墓地にいた。他に人はおらず、また、傘もさしてないからずぶぬれ状態だというのに、開口一番、こともあろうに真顔でそんなことを言ってのける。

領地中のあちこちを走り回って、ようやくこの場所にたどり着いたレイモンド・ターナーは、自分自身が次に示すべき反応をどうしたものか、心から困惑した。

彼女を見つけて安心した気持ちを示したい気もするし、でも、ずぶぬれのままでは体調を崩すと叱ってやらなければと焦る気持ちもあるし、場所が場所だけに静かに見守ってやりたい気持ちもあった。

結局、無言のまま、レイモンドは雨傘をさしかけてやった。びっくりした様子のお嬢さまは、レイモンドの気遣いに申し訳なさそうに微笑んだ。
真珠色の髪も、可憐に整った小づくりの顔も、なにもかも濡れそぼっている。もっと早くに見つけてやれていたら。ちいさな後悔は、彼女から視線をはずしたとき、消えた。

一週間前に亡くなった、主夫妻の墓石が視界に入る。

生前の夫妻を思い出せば、信じられないほど粗末な墓になった。それでも、墓を用意できただけ、ありがたがるべきなのだろう。重罪を犯した彼らだ。爵位を剥奪され、領地も没収されたにもかかわらず、故郷での埋葬が許された理由は、皇室の慈悲と聞いている。

だが、レイモンドには想うことがさまざまにあった。

雇い主だったのだ。長い契約期間に、育まれた情がある。いいや、それだけではない。どんな理由があろうとも、十年前には瀕死の彼を救ってくれた恩人たちでもあった。

感情がわだかまっている。だれかれ構わずに、―――皇室への暴言すら吐き出せそうな荒れ具合だった。だから、自分の心をごまかすように、先の発言を追求することにした。

「……どういう意味ですか」

沈黙したまま墓石を見下ろしていたお嬢さま、フィオナ・アシュバートン元男爵令嬢はちいさく笑ったあと、どこまでも淡々とした声で告げた。

「公開処刑が廃止されたこの時代だから、あのひとたちの無惨な死に様を見届けてやれなかった事実を喜ぶべきかしら、という意味です。……わたくし、娘なのに」

残酷なほど自虐的なことばを聞いて、レイモンドは眉を寄せた。

両親の死を知り、学院を辞したフィオナが故郷に戻ってきたのは、五日前。
それから忙しい日々だった。行方不明となった姉の捜索を警察に依頼したり、家財を処分して次々と辞職を願い出る使用人たちの退職金にあてたり、遠い帝都カーマインから帰ってくる夫妻の埋葬許可を得るためにあちらこちらへと奔走もした。

とにかく怒濤の一週間だったのだ。両親の死を、実感する隙間もないほど。

だからいま、フィオナは両親の眠る墓地を訪れたのか。レイモンドは、雨傘を持つ手に力を込めた。けれどあくまでも微笑みをたたえて、張りつめた様子の令嬢に告げる。

「もちろん、喜ぶべきです。いくら困ったちゃんなお二人でも、愛する娘のあなたに、最期を見届けてほしいとはお考えにならなかったでしょうから。むしろご面倒をかけてしまった事実を、いまになって後悔されているかもしれませんよ」
「困ったちゃんな二人……」

茫洋とした響きで繰り返したフィオナは、ふにゃりと崩れるように笑った。
笑い転げ始めたのだ。

軽やかに澄んだ、少女の笑い声が、ちっぽけな墓地に広がり響く。湿り気のない明るい笑い声に、レイモンドは安堵できた。だが、あくまでも表情を装いながら、「だってそうでしょう?」とわざとらしくまじめに告げる。

「思い出しませんか、フィオナさま。五年前、あなたが学院に入寮したとき」
「覚えていますわ。こっそり人を雇って、学院を偵察させたのですわよね。わたくしをいじめるかたがいないかどうか、調査させたのでしょう。恥ずかしい想いをいたしましたけど、お姉さまには『アシュバートン男爵家に産まれた以上、しかたないのよ』と諭されましたもの。それにレイ、覚えています? お姉さまが十二になられたとき」
「あー……。著名な詩人を呼び寄せて、アマンダさまをたたえる詩を作らせたんですよね。自分が雇ったのに、『アマンダの美貌に惚れ込んだ詩人が勝手に作ったのだ』という嘘八百を触れ回ってましたっけ。やー、あのときは怒り狂ったアマンダさまの鉄槌が旦那さまに炸裂しましたねええ。奥さまも共犯者のくせに、要領よく逃げて」
「あのときはわたくしがお姉さまに申し上げました。『これが我がアシュバートン男爵家に産まれた子供の宿命です』と」
「うーわー。本当に、だめな方々ですねえ」

フィオナによって暴露された、雇い主夫妻の行状に、レイモンドも苦笑を浮かべた。

(情状酌量の余地は、本当になかったのでしょうかね)

やんどころなき方々に対して、レイモンドはささやかで深刻な疑問を抱いている。根拠となる違和感は、数え上げようとしたらいくらでもおもいうかぶのだ。

たとえば、形だけの裁判に、通常よりも早い刑の執行。

雇い主夫妻の死には、レイモンドたちには知らされなかった事情があるのではないのか。皇室にとって後ろめたい事情があるからではないのか。ぐるぐると疑問が渦巻いている。

だからそのことばを聞いたとき、ついに本音がこぼれ出てしまったのか、と錯覚した。

「お二人を利用したかたは、どなたですか?」

じっさいに、そんなことばを口にした人物は、笑いをおさめたフィオナだった。
その面にはすでに笑いのかけらすらなく、ただ静かな表情を浮かべてつぶやいた。

「キーンブリ伯爵? ハマース侯爵? それとも、」
「フィオナさま」

いけない。これ以上は、ことばにさせてはいけない。

そう感じたレイモンドは、やんわりとした響きを心がけながら、フィオナを呼んだ。いま、ここにいるのは自分たちだけ。けれど口にすることで縛られていく想いがあるのだ

雨が降り続いている。

相変わらず雨足は強く、激しく雨傘を叩いている。空気はひんやりと冷たい。ましてやフィオナは、すでにずぶぬれだったのだ。このままでは風邪をひく。いまさらのように追いかけてきた危惧に、舌打ちしたい衝動を覚えながら、そっと告げた。

「戻りましょう、フィオナさま。このままでは風邪を召します」

抗うのではないかと感じたフィオナは、意外にも素直にうなずいた。
ぬかるんだ地面を歩き始める。ピンと背筋の伸びた、それでも小さな姿に従い、レイモンドも歩き始める。

ただ、一度だけ、墓石を振り返った。
短く瞑目し、雇い主だった男爵夫妻に対する弔辞を、心の中でつぶやいた。

どうか、安らかであって下さい。
あなたがたを成り上がり貴族として馬鹿にしてきた連中は、まだ、こちら側にいる。
だから、もう、彼らを見返してやろうと無理をする必要はないのですから。

タイトルとURLをコピーしました