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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

そういえば有益な資格でした。 (9)

「精霊王ってなに? 次代精霊王ってなんなの。そもそもルークス王国には幽閉されているとはいえ、人間の王さまがいるでしょ。それなのに、王ってどういうこと」

 自失は一瞬だけだ。すぐに自分を取り戻して、つぎつぎと質問を放った。若者は目を丸くして、だがじきににやりと口端をあげる。ふふんと勝ち誇ったように笑みを浮かべ、

「きみは本当に、なにも知らないんだな。ひょっとしたらアレクセイ王子に信用されてないのではないか?」

 どうやら反撃らしい言葉を口にした。キーラは(なにをいまさら)と淡白な反応を返そうとして、慌てて唇を噛んで見せた。アレクセイ王子の仲間だと名乗ったのだ、それらしい反応をしなければなるまい。かろうじて悔しそうに装えば、若者は満足そうにうなずく。

「そうか。アレクセイ王子が信用できぬ輩に説明するのは業腹だが、寛大なぼくがくわしく話してやろう」
「……よろしくお願いします」

 まぶたをふせて慎ましく応えたが、普通に苛立った。雌虎に置いた手のひらを動かして、気分を落ち着かせる。べろんと応えるように、あるいは、なだめるように雌虎がなめてきた。我慢我慢、と云い聞かせていると、若者は軽く咳払いをして口を開いた。

「もちろんルークス王国を治める役目は、かつて我らから国土を譲られた少年の子孫が担っている。だが彼らは、決して我々を治める立場にあるわけではない。そもそも精霊が拓いた国なのだ。国を譲られたにすぎない存在が、拓いた民を治めるなどと、不遜だろう?」
(そう、かしら?)

 キーラはこっそり疑問を抱いた。

 たとえ精霊たちがルークス王国を拓いたという事実があったとしても、指導者としての役割を他者に譲ったのなら、むしろ他の者以上に、役割を譲った存在に従わなければならないのではないだろうか。

「我らを治める存在は別にいる。それが精霊王だ。精霊王は決して特定の里に留まることをせず、ただ一人、王のために秘められた領土から我々のために森を管理している。肉体から解放された意志を、ルークス王国にある森の隅々まで広げて、木々の成長を管理しているんだ」
「えーと。それはまた、ずいぶん孤独な王さまね」

 肉体から解放された意志、というくだりがよく理解できないが、聞いた限りでは王さまと云うより、庭師とか造園家、と云うイメージである。

 ルークス王国にある森の隅々までって、広いだろうに大変な仕事だなあとも感じた。だれも手伝ってやらんのか、と思いながらも感想を伝えると、若者はむっと唇を結んだ。

「ぼくらがなによりも敬愛を捧げる方なんだぞ。孤独なはずないだろう」

 敬愛を捧げられようと、一人で行動する寂しさは変わらないだろうと云い返したかったが、黙っておく。精霊と人間、違う生活文化があるなら価値観も違うのかもしれない。

「ごめんなさい。それで、王さまはひとりで過ごしてらっしゃるなら、次代精霊王はどうやって生まれるの? それにどうしてそんな存在の意思とやらが王家の紋章に宿っているの? どうやって王家の紋章に宿らせるの。そもそも、わたしたちの常識じゃ、個人の意志を生物から切り離すなんて不可能なんだけど」
「ま、人間たちの常識ならばそうだろうな。……次代精霊王がどうやって生まれるのか、ぼくは教えられていない。最大の秘技だからな。次代精霊王の意思を肉体から解き放つ術も同様だ。ただ、次代精霊王の意思が王家の紋章に宿り、王族を守る理由は、それが精霊王となるための試練だからだと教えられている」
「……ふう、ん……」
「どうだ、よくわかったか」

 いや、さっぱりわからない。

 正直に云い返したくなったが、若者が胸を張っている様子を見ると、これ以上の知識は引き出せないのだと悟った。役に立たねえ、とつぶやきたくなったが、またもや我慢する。

 若者の知識は神話的で、具体性がない。これでよく納得していられるな、とキーラは感じるが、まあ、そんなものかもしれないと考え直す。他国だって、大多数の国民は王族の詳細に興味を持たない。自分たちがしたがう存在として認識する程度だ。

 とにかく琥珀の紋章は、精霊にとっても大切なものだ、という事実を理解しておこう。少なくとも紋章を使えば、精霊たちは従わざるを得ない程度には大切なものだと。

 ただ、そうするとむくむくと疑問が芽生えてくるのだ。

 まずひとつめ。いまは精霊たちが国によって利用されようとしているときだ。種族の大事ともいえる事態に、精霊王とやらはなにをしているのか。ただ、木々の成長を管理しているだけなのか。先ほどの若者の話によれば、里長がなにかしら動いているようだが、精霊王とやらがなにかをしている様子はない。それが奇妙だ。

 続いてふたつめ。王家の紋章には次代精霊王の意思が宿る、と云う。アリアたちも似た内容を云っていた。琥珀の紋章には王族を守る存在の意思が宿っているはず、と云っていたのだ。あのときは所有していた人物が偽王子だから紋章に変化はなかった。しかしそれは所有者が偽物だからだろうか。キーラは紋章を確認している。あれには魔道的な要素はない。次代精霊王の意思を宿らせる方法など知らないが、精霊たちが行う以上、力の痕跡を読み取れたはずである。

 繰り返そう、紋章には魔道的な要素はない。

 つまり、紋章には次代精霊王の意思とやらが宿っていない、のではないだろうか。

(これ、どう考えればいいのかしら)

 ぐちゃぐちゃにこんがらがった糸のようだ。ぐりぐりとこめかみを押さえて、だれかあたしの代わりに考えて、と弱音を吐きたくなった。

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