認められる条件として、資格は有効でした。 (11)

 次の満月の夜に、と、女は告げた。承諾を与える間もなく女は消えたが、こちらとしても異論はない。

 だが、律儀に従うのは問題である。相手は敵なのだ。それも手段を選ぶことなく襲撃を繰り返してきた敵である。指定された場所に、罠を仕掛けている可能性は高い。
 だからこそ『灰虎』の傭兵たちは、指定された日付の二日前には、フェッルムの島に到着していた。ほぼ半日をかけて、ちいさな島を探索し、不審物の有無を確認する。次に島に近づく船影を見張った。島ではなく船を拠点にして、『灰虎』の皆は動いた。

 ちなみに、この海域の領主には承諾を得ている。海の上をさまよっていた帆船は盗品だったため、犯人を追跡する、という理由で許可を得た。途中で船を降りた魔道士が言葉を添えてくれたことも大きかっただろう。条件として経緯を報告しなければならないが、領主に知らせた以上、仕方のないことである。そうして、約束の日時となった。

「でも、わたしたちの行為を、向こうがお見通しだったらどうするの?」

 ちゃぷちゃぷと水が跳ねた。小舟から手を差し出して、水をすくいながらキーラは訊ねた。太陽が沈み、水は冷たさを取り戻している。

 いまは小舟で島に向かっているところだ。小舟に乗っているのは、アレクセイとキーラだけではない。櫂を動かしているセルゲイも乗っている。ルール違反だが、「要は上陸しなければいいのだろう」という論理である。どうやら小舟の中で待機するつもりらしい。ほとんど屁理屈の世界である。

「たいした問題ではありませんよ、キーラ。わたしたちも見通されることを前提に、準備を進めましたから」

 島を見つめていたアレクセイが、キーラを振り返って告げた。どういうこと、と問いかけるより先に、まずキーラは自分の頭で考えてみた。手伝いをしたから、『灰虎』の皆が何をしたのか、よく覚えている。やがて意味がわかった。

「見通されたくらいでは、揺るがない準備を進めたということね」

 よく出来ました、と、微笑んで、アレクセイは言葉を続けた。

「わたしたちの目的は、敵魔道士の捕縛、もしくは情報取得です。あの女はわたしの持つ紋章が目的だと云っていましたが、それはおそらく、第一段階の目的でしょう」
「問題は、紋章を得てなにをするつもりか、ね。……ねえ、考えたことはある?」

 水面から手を放し、アレクセイと正面から向き直る。少し、アレクセイは驚いたようだった。それはそうかもしれない。なにせあの日から、アレクセイとまっすぐ向き合って会話していなかったのだから。櫂をこぎながら、セルゲイがちらりと視線を飛ばしてくる。

「あの魔道士は、ルークス王国の鎖国に絡んでいるかもしれないわ」
「考えました。可能性は高いと思います。ただ、紋章にたどり着くまで、なぜ十年もかかったのか、という疑問が残ります」

 そうね、と、応えながら、キーラはさらに考え込む。仮に、魔道士たちがルークス王国の鎖国に絡んでいたとする。十年と云う歳月は短くはない。魔道士たちの目的が何であれ、たいていの目的が達成できてもおかしくない歳月だ。それなのに、いまになって紋章を求める理由はなんだというのか。紋章自体に、なにか秘密でもあるのか。

 ちゃり、と、鎖の音が聞こえた。アレクセイが首から紋章を外し、キーラに渡してきた。とすんと両手のひらに乗った紋章を眺め、はっと我に返って、アレクセイを見返した。

「調べたいと思ったのではありませんか」
「……ありがとう」

 アレクセイの態度に戸惑いながら、キーラは思考を切り替えた。
 鎖を持ち上げ、月の光に掲げてみる。つるりと艶めいた黄金にきらめいた。なんの変哲もない、琥珀で作られた紋章だ。ルークスの国鳥でもある、最高神の使者アクィラを模している。初めて見たときにも思ったが、本当にたいした芸術品だ。だが、それだけだ。特殊な彫りは見当たらないし、魔力の探査をしてみても特性はない。少なくとも「魔道士」が特別に求める品ではないと思うのだが。

(琥珀は確かに貴重だけど)

 大地の力を結集した宝石、それが琥珀である。しばしば魔力の貯蔵庫ともなりうる。だがこのレベルの琥珀ならば、ギルド経由で入手は可能だ。あるいは魔道とは関わりのない観点から、この紋章は求められているのか。この紋章は正統な王位継承者に譲られる品である。つまり政治的な目的ではないかと考えかけて、まさか、と、キーラは考え直した。鎖国と云う強硬政策に出た相手が、いまさらどんな理由で紋章を求めるというのか。

「なにか見つかりましたか」
「ぜんぜん。たいした芸術品ね、としか思えない」

 片手でぽんと返して、はっと我に返った。ずいぶんぞんざいに扱ってしまった。

「ごめん。あなたにとっては大切なものなのよね」
「いいんですよ。わたしもそう思いますから」

 そう云いながらも、愛着のある眼差しで紋章を見つめる。じっと見つめていると、キーラの視線に気づいて、アレクセイは穏やかに微笑んだ。またたく。

(なんだかいつもと、)

 ちがう、と感じた時に、その言葉は聞こえた。

「でも大切なものです。なにしろこれを奪おうとする青衣の魔道士から、……ミハイルが、命がけで守ってくれた紋章ですから。なにがあっても手放すまいと誓っているのですよ」
(――――あ、)

 目を丸くして、硬直した。青衣の魔道士。与えられた情報に、なぜだか胸がつまる。あまりのさりげなさに、ずるい、とののしってしまいそうな唇を押さえた。ありがとう、とも、ごめんなさい、とも云わせてくれない。

 ずるい。

「……じゃ、あの女が現れたら、ぎったんぎったんにする方向でいいわね」

 狼狽したまま適当に告げると、ほどほどにしてください、と苦笑交じりに云われた。

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