認められる条件として資格は有効でした。 (14)

 続いて剣戟の音が耳を叩いた。意外に感じながら、セルゲイが向かった方向を見つめる。同時に、水竜から解放されたアレクセイが近寄ってくる。余裕のなくなった青衣の魔道士が解放したのだろう。完全に気を失っている女を見つめ、キーラに視線を移して、呆れたように告げた。

「やりすぎですよ」
「でも敵捕縛が目的のひとつでしょ? 問題ないじゃない」
「いえ、そうではなく。……まあ、よしとしますか」

 なんだかうやむやに誤魔化されてしまった。セルゲイと青衣の魔道士が剣を交えている。相手は職業を間違えているのではないだろうか。あるいは捕縛が目的だからセルゲイが手を抜いているのか。そう思いながら、女の上からどいて、左手を確認していた。表情がこわばる。薬指にはしっかり指輪がはまっている。同じものを見たアレクセイも、引き締まった表情でキーラを見つめてきた。

「これは……」
「うん。マーネと同じ、裏切りを防ぐ指輪、ね。このままだとこのひとの命が危ない」
「解除する方法は?」

 問い質されて、渋い表情を浮かべる。統一帝国時代の魔道は、現代に使用されている魔道とは系列が違う。構成が違うのだ。つまり、キーラには解除の方法はわからない。

「ではいま、彼女から何かしらの情報を得る魔道はありますか」

 ずいぶん悪趣味なことを云う。気を失っている女から、承諾を得ないまま、情報を手にするというのだ。魔道はある。ただ、ここがフェッルムの島であることが問題だ。

「少なくともここを離れなければ、魔道を使うことはできないわ。あと青衣の魔道士もどうにかしないと。あたしたちが探査する間に、この女性を殺されてしまったらたまらない」

 云いながら、セルゲイと対峙している青衣の魔道士を見た。魔道士もこちらを見ている。アレクセイが立ち上がり、すらりと剣を抜いた。参戦するつもりか、と思えば、「セルゲイ」と短く呼びかける。それだけで通じたようで、セルゲイは魔道士から距離を置いた。

「ひさしぶりになりますね、青衣の魔道士どの」
「ああ、たしかに。もっともおまえはそのときとは様子が違うようだな」

 魔道士はだらりと剣を下げている。女を見据えていた眼差しが動いて、アレクセイを見た。面白がるように、目を細める。なぜかキーラに視線を移して、ゆっくりと口を開く。

「アリアが面白いことを云うと思ったよ。王子さまたちがおれに会いたがっている、とね。だがそんなはずはない。十年前、ルークス王国から逃れたアレクセイ王子は」
「紫衣の魔道士、耳をふさげ!」

 セルゲイが振り向きながら、いままでに聞いたことのない大音声で怒鳴る。だがすぐに行動できないキーラに聞こえるよう、魔道士ははっきり告げた。

「一か月前に、殺されたのだから」
(――――、え?)

 シンジラレナイコトバヲキイタ。
 呆然と立ちすくんで、キーラはゆっくり我に返る。一か月前に、殺された。だれが? 十年前にルークス王国から逃れたアレクセイ王子が、と、この魔道士は告げている。

「何やら勘違いしてらっしゃるようですね」

 悠然と落ち着いたまま、アレクセイが応える。背中しか見えないが、欠片なりとも動揺していない。その後ろ姿に、わずかに落ち着きを取り戻した。魔道士のハッタリなのだと思いかけた。だが魔道士はにやりと笑う。

「いいや、勘違いじゃないさ。確かにおれが殺したのは、おまえをかばって亡くなったアレクセイ王子だよ、ミハイル。王子は息も絶え絶えにおまえに云ったな、紋章を護れと。おまえはその理由を知らないんじゃないか? だからこのような取引も申し出た」
「黙れ!」

 セルゲイがたまりかねたように叫んだ。ミハイル、と呼びかけられたアレクセイはこちらを振り向かない。でも、ピクリとも動かない。それは魔道士の言葉がハッタリだからだろうか。けれど、セルゲイの動揺は隠しきれない。むしろ彼の動揺がキーラに伝わる。魔道士の言葉が真実だと感じさせる。

(そうだ)

 いまになって、先ほど女が告げたときに、不審に思った点を思い出す。

 ――――紋章にはある精霊の意思が宿っているの。ルークス王家に連なる者を護ろうとする意志がね。その意思が本当に発動するか否か、確かめたかったのよ。

(それが本当なら、ルークス王家に連なる者を護ろうとする力が紋章にあるのなら、水の竜がアレクセイを飲み込んだ時に、紋章に異変が起きてもおかしくない)

 たしかにキーラの護りは間に合った。だが、あれはただ力で包んだだけだ。あのままの状態が長く続けば、アレクセイは呼吸困難で倒れていただろう。危機に陥っていただろう。

 でも、紋章にはどんな変化もなかった。

(じゃあ。じゃあ!)

 キーラはアレクセイを見つめる。少なくとも、これまでアレクセイだと信じ、呼び掛けてきた青年の後姿をじっと見つめた。セルゲイが表情をゆがめて、視線を外した。

 アレクセイは振り向かない。

「――――そう、だからおれたちはおまえを殺すために探していたのさ」

 ぽつりと低く響いた声は誰の声だろう。どこまでも冷ややかに研ぎ澄まされた声が聞こえたと思ったとたん、アレクセイが素早く動いた。きらっと刃が月明かりに光る。ふぐっ、とくぐもった音が聞こえ、魔道士はアレクセイにもたれかかるように倒れた。

「弱い人間ほど、口はよく回る」
「ミハイル!」
「セルゲイ、おまえのせいだぞ。土壇場に弱いのはおまえの欠点だ」

 云いながら彼は、ゆっくりとこちらを振り返ってきた。
 月明かりにもあざやかな、彼の優美な美貌は、ぞっとするほど冷ややかな色をたたえている。こちらを眺める彼が浮かべているのは、キーラを殺そうか殺すまいかと思案している表情ではないのか。逃げたい。衝動的に思ったが、逃げたら即座に斬られるということもわかってしまって、キーラは動けないでいた。しびれるように怯えが指先をふるわせる。舌が喉の奥に張り付いたままだ。それでもかろうじて口を動かした。

「うそだったの、全部」

 彼の表情は変わらない。ただ、セルゲイが眼差しを伏せた。

「あなたはアレクセイ王子じゃなくて、ミハイルと云う人なの?」
「いいえ」

 歩み寄ってきながら、彼はゆったりと微笑んだ。いつもの笑みで。いつも、『アレクセイ』が浮かべる笑みをたたえて、彼はキーラのすぐ傍に立つ。

「わたしは間違いなくアレクセイですよ。一か月前、ミハイルと云う名前と共に、一人の青年が葬られたときからね」

 彼の手が動く。なにをされようとしているのか、わかっていたが動けなかった。動かなかった。下腹部に衝撃が襲う。前かがみになる身体を、もはやアレクセイと呼びかけられない青年が支えた。わずかに血の匂いが漂う。でも手つきは優しいままだった。

(どうして、支えたりするのよ)

 莫迦、と最後につぶやいて、キーラの思考は闇に沈んだ。

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