不透明な人だな、と、青年ルイスを見て、フィンは思った。
昨夜、キャシーが告げた、明るく誠実そうな人とはおそらくこのルイスのことなんだろうと想像がついた。看板娘の眼力は侮れない。本来なら、そういう人物なんだろうとフィンは思った。
ただ、今、ほがらかに笑っているルイスから、フィンは「感情」を感じ取れなかった。
目が笑っていない。笑いながらも注意深く、自分の様子を探っているのだ、と相対しているフィンは気付かされた。その理由は、先ほど、彼自身が告げた言葉にあるのだろう。
ーーーーフィオナ・ノリス嬢がアマンダ・ノリス嬢に接触しないよう、……
(落ち着け)
数年ぶりに、自分たち以外の口から、姉の名を聞いて、動揺している自分に気づく。知らず知らず、拳を握りしめていた。食い込んだ爪の感触に、唇をキュッと結んだ。
なぜアンドレアスが、この場で自分への詰問を始めたのか。どうしてルイスは、そのアンドレアスをさえぎって、自分たちの会話に割り込んできたのか。
そして泣きたい気持ちでフィンは思う。
なぜ、皇太子の側近たるヴィクトリア嬢が、自分の確保などを指示するのだろう、と。
その人は、特別な人だ。皇太子の従妹にして、皇太子の側近の一人でもある。
四年前には、皇太子の婚約者候補であり、姉の、競争相手だった人だ。そんな人が、今になってフィンの保護を指示し、自分と姉との接触を禁じようとする、その理由。
この短い時間に露わになった、いくつもの事実がつながって、フィンに気づきを与えた。
「アンドレアス」
「……なんだ」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている探偵は、フィンの呼びかけに応えた。
その表情を眺めて、この場に来てからのやり取りも思い出して、フィンは苦く笑った。
自分を、ひどく滑稽だと思った。
アンドレアスにとって、フィンは警戒すべき容疑者ではなかったのだ。彼の認識はおそらくは四年前と変わっていない。貸本屋にこまめに通っていた理由も、犯罪者の家族を見張るためではなく、友人であった娘を気遣っていたからだ。
単純な好意を歪めていたなんて、自分は本当に馬鹿だ。
だから、フィンも率直に告げた。
「姉さまを、アンドレアスたちは警戒しているのですね?」
そう言うと、アンドレアスはすっと表情を変えた。ルイスは笑みを消して、フィンを見た。
静かな表情でフィンを見つめ返したアンドレアスは、やがて諦めたような表情を浮かべて、ため息をついた。そのまま沈黙する探偵の代わりに、鋭い眼差しのルイスが口をひらく。
「確認させてください、フィオナ嬢。あなたが交霊会に参加している理由は」
「姉を探すためです。最近巷で話題の霊媒師が、姉に似ている、という情報をつかんだから」
「それは、どなたから?」
「警視庁にお勤めの……」
この四年間、何度も言葉を交わした刑事の名前を告げる。事情が事情だけに、他の警察官はフィンを忌避したが、人探しも警察官の本分だからと唯一相手にしてくれた人物だ。筋金入りの正義漢が告げた情報は、姉を探し続けるフィンにとって、ようやく得られた手がかりだったのだ。
それなのに、それ以上の何かを、アンドレアスたちは知っている。
なぜか。フィンはもう確信できている。
それは姉が、帝国の探偵たるアンドレアスが警戒すべき対象になっているからだ。
(姉さま)
フィンは心の中でつぶやいて、ルイスを見た。アンドレアスと視線を交わしていた青年は、すぐにフィンの眼差しに気づく。彼はちょっと困ったように笑った。フィンは口を開く。
「あなたがたは、姉さまの現在をご存知なのですね?」
「んー、まあ、そうですね。知っていますよ」
では、と意気込んだフィンを抑えるように、ルイスは両手を掲げた。
「でもあなたには教えられません。言ったでしょう? フィオナ・ノリス嬢がアマンダ・ノリス嬢と接触しないよう保護してくれ、と、僕たちは命令を受けているんですから」
その命令とフィンの要望は矛盾しないはずだ。
けれども、ルイスは早くもフィンの性質を掴んだらしい。少しでも情報を渡せば、姉と会うために飛び出していく、と見透かしている様子で、ルイスは首を振った。
事実、フィンはそのつもりであったから、唇を噛んだ。
少し考えて、沈黙したままのアンドレアスを見た。視線が合い、アンドレアスは眉を動かす。
だから、フィンはにっこり笑ってみせた。
「ならば、保護していただきましょう、アンドレアス」
微笑みながら、わずかに首を傾げて、すっと右手を差し伸べてみた。
アンドレアスはため息をつき、ルイスは目を瞬いた。フィンは言葉を続ける。
「わたくしを保護してください、アンドレアス。その代わり、わたくしはあなたのために働きましょう。帝国の探偵たるあなたのお役に立てるなんて、とても光栄ですわ」
アンドレアスの助手になり、その立場から姉の情報を探し出す。
つまりフィンは、そう言ってのけたのだ。