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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

それでは資格を活用しましょう (5)

「わしとしては、おぬしこそなぜここにおる、と訊ねたいところだのう」

 ずずず、とまずはお茶をすすって、キーラの問いかけに対してギルド長は質問を返した。

 キーラと『灰虎』の契約内容を踏まえた発言に、ぐ、とキーラは息をつまらせた。ギルド長はことんと茶器を置く。しわしわの片手で隣の椅子を引いて、とんとんと叩いてみせる。着席を促されていると察して、しぶしぶ移動した。

「まずは食べよ。せっかくの食事なのじゃ。冷めないうちに頂くことこそ礼儀じゃぞ」
「……その言葉を聞くと、ああ、じいさまだなあって実感するわ」

 盆をテーブルに置いて、腰かけながら苦笑する。

 キーラの後見人となった魔道ギルドの長は、料理に対する情熱が強い人物なのだ。

 保温技術を決して馬鹿にするものではない、とか、冷蔵技術こそ魔道の粋を凝らすべき分野、だの、キーラはさまざまな主張を聞かされていた。事実、魔道ギルドを拡張して、料理にも魔道を活用しようと試みているのだ。ギルドの最終的な目的は、魔道の平和活用らしいが、キーラにしてみたら、私欲から生まれた目的としか、考えられない。

 まあ、ギルド長に関する推測はさておいて、いまは食事をするべきである。

 まず、海藻の入った汁物をスプーンですくう。どろっとした感触で、漂う海の匂いがなんだか懐かしい。飲み込めば、ちょっと強い塩分が、拘束に疲れた身体に染み透っていく感触がした。添えられていたクルトンもちょうどいい固さで、適度な口直しになる。

「うむ。――――うまいな」

 向かいに腰かけて、ヘルムートから料理の説明を受けていたスィンは、同じように汁物をすすって、満足げに呟いた。ふ、とギルド長が笑う。その気配に惹かれたように、スィンがギルド長を見つめ、きょとんと首をかしげた。

「そういえば。……失礼だが、あなたは何者だ?」
「ほ。直截な質問よの。キーラ」

 呼びかけに促されて、キーラはスプーンを置いて口をぬぐった。

「この人は、魔道ギルドの長よ。ほら、よく話していたでしょう。あたしを育ててくれたじいさま。本部にいるはずなのに、どういうわけか知らないけど、パストゥスにいたの」
「ニコライどのはチーグルと合流するためにいらしたのだ」

 ヘルムートがキーラの紹介に補足する。「チーグル?」とスィンがさらに問いかけたが、それにはヘルムートが説明を始めた。冷淡そうな外見に反して、面倒見の良い人物である。話し合う二人を意外に感じながら見つめたが、キーラの口はギルド長に質問していた。

「じゃあ、……じいさま。ミハイルと云う若者に関する秘密を知ってるのね?」
「青衣の魔道士に殺されたという若者じゃな? アレクセイ王子はさぞかしお嘆きじゃろ」
(知ってるんだ)

 ギルド長が語った内容は、外面通りに知られている事実でしかない。

 だが、ちろりと流された眼差しが雄弁だった。ギルド長は、アレクセイが偽物であると知っている。悟ったキーラの顔が、思わず強ばった。

 当たり前だ。ことがことなのだ。一国の王子を騙るという事態を、魔道ギルドの長が暗黙の裡にとはいえ、了承している。状況が最悪に転がったら、魔道ギルドの閉鎖を各国から迫られてもおかしくない。

 どうして、と問いかけそうになったキーラを制して、ギルド長は、ぴ、と盆を指差した。

「こみいった話はあとじゃ。いくら料理が冷めようが、いくら訊きたいことがあふれかえっていようが、このわしの前で食事を残すなど許しはせんぞ」
「……じいさまは、職業の選択を間違えているとあたしは思うのよ」
「ほ。さすがは喫茶店経営を夢見る娘じゃ。思考が安直に過ぎる」

 ギルド長の言葉に唇をとがらせて、キーラは鶏肉にナイフとフォークを入れた。

 向かい側ではなぜか、スィンとヘルムートがこちら側を見比べてうなずき合っている。「さすが家族だな」「ああ」と云うやり取りが聞こえてきたが、どういう意味だろうとキーラは眉を寄せた。

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