詐欺に資格は必要ありません。 (4)

 丸窓の外から、月の光が差し込む。寝台から眺めて、ふう、とキーラは息を吐いた。

 眠れない。さきほどから眠ろうと努力しているのだが、夕方に交わした会話が尾を引いていて、眠気が訪れないのだ。眠ろうと努力しているうちに、なんだかむしむしと暑くなってきたものだから、夜具を身体の上からどけてしまった。でもまだ暑い。

 水が呑みたい。ふと閃いた衝動は次第に強くなってきた。しかし部屋に水差しは置かれていないし、部屋の外には見張りがいるだろう。頼めば水くらい飲ませてくれるだろうが、同室人がいる身だ。起こしてしまったら申し訳なくて、動けないでいる。美味しい食べ物を想像する。つばが出てこないかなあと考えたのだが、効果はないようだ。

 ふう、と再び溜息をついたとき、上の寝台がぎし、ときしんだ。

「眠れないわけ?」
「起きていたの?」

 びっくりして声をあげると、呆れたような声音が響いた。

「ふう、ふう、ふう! 何度も何度も溜息をつかれたら、うっとうしくて眠れるものも眠れないのよ!」
「ご、ごめん」
「謝るくらいなら、さっさとすっきりして眠ることね」
「え?」

 戸惑っていると、ぎしぎし、と寝台をきしませながら、アリアは降りてくる。壁に立てかけてある椅子をひきずってきて、どしんと腰かけた。おそるおそる寝台から起き上がると、ちょうど目の前にアリアの顔がある。憮然と唇をとがらせて、顎をしゃくった。

(話を聞いてくれるってこと?)

 うわ、と、キーラは奇妙な感動を覚えた。敵なのに。少なくとも敵だと云ってつんつんした態度をとっていたのに、なんだろうこの変化は。かわいいとまで思ってしまった。

 しかし、と、キーラは困惑する。話を聞いてくれようとする姿勢は嬉しいが、だからと云ってすべてを話すわけにはいかない。キーラはともかく、アリアは明確な敵なのだ。うっかり秘密を話そうものなら、本当に口封じに殺されてしまう。それはだめだ。

「ちょっと、喉が渇いて」

 だからあいまいにぼやかすことを選んだのだが、アリアはぴくりと眉を反応させて睨んできた。こわい。少なくともセルゲイよりこわいのではないか、と考えていると、アリアは急に立ち上がって、扉をガンガン叩いた。応えを得たのか、声を張り上げる。

「飲み物を持ってきなさいよ。あんたたちの紫衣の魔道士さま、喉が渇いたんですって」

 しばらくすると、扉が開いて水差しが差し込まれる。アリアはカップに水を注いで、呆然と眺めていたキーラに差し出してきた。「ん」、と乱暴に差し出すものだから、ちょっと水がこぼれる。だが慌ててキーラは受け取り、「ありがとう」と告げた。ふん、と、アリアは鼻息を立てて、ぎしぎしと寝台に戻っていく。たしかに喉が渇いていたのだ、水分がじわじわとしみこんでいく。ほう、と満足に息を吐いて、カップを寝台の傍に置いた。

「なにがあったのか、知らないけど」

 唐突に、アリアは話しかけてきた。横たわりかけたキーラは動きを止める。

「あいつらはそうやって、あんたを大事にしている。だったらあんたも、多少は歩みよってもいいんじゃないの?」

 しんと静かな声音だった。内容は引っかかるが、耳を傾けさせるなにかがある。
 ふと、アリアの身の上に思考が向かった。仲間を殺され、敵に捕らえられている。だがこれまでアリアの仲間は動きを見せない。船の上だからということも関係しているだろうか。考えながら、口を開く。

「歩み寄ろうとしたんだけどね」
「は?」
「<誓約>、しようと思っていたのよ」

 そう続けると、しばらくの間を置いて、「はあ?」と云いながら起きあがる気配があった。

「あんた、なにを考えてるわけ?」

 苛立たしげに詰問され、キーラはちょっと笑った。

 <誓約>とは、魔道による精神的拘束だ。特殊な言葉ヴォールズを用いて約束する。これを破った場合、言葉ヴォールズが対象者に痛手を与える仕組みになっている。よほどのことがない限り、取り交わさない、統一帝国時代から残っている古い魔道なのだ。

 キーラは<誓約>を以って、『灰虎』の秘密を他言しないと伝えるつもりだった。傭兵たちの危惧は理解できる。さらに加えて、キーラは傭兵たちに多少の好意も抱いている。傭兵たちの行為に協力はできないが、せめて<誓約>で安心を返そうとしたのだ。依頼を断り、船を降ろしてもらう交換条件として、そのくらいの不自由は受け入れようと考えていた。

 だが、結果は、ああいうありさまだ。思ったより感情的になりすぎた。
 失敗だったな、と、改めて独白していると、アリアがさらに云う。

「<誓約>はやりすぎでしょう、<誓約>は!」
「それで皆が安心できるならいいじゃない?」
「お人好し。云っておくけど、これは褒め言葉じゃないからね、罵ってんの」
「裏切りを防ぐ指輪、なんて悪趣味な装身具をつけている人に云われたくないわ」

 そう云い返してやると、アリアはピタッと沈黙した。
 云い過ぎたかな、と思った理由は、しばらく経ってもアリアがなにも云い出さないからだ。仲間の存在を思い出させてしまったかな、と考えていると、平坦な声音で云う。

「裏切りを防ぐ指輪、なんて、云い方やめてよ。これは絆なの」
「絆?」

 奇妙な言葉を聞いた気がして、その単語を繰り返した。けれどアリアはそれ以上何も云わない。キーラはしばらく待ったが、あきらめて目を閉じた。

 ただ、気づいたことがある。あの指輪を絆と云い放ったこの少女は、マーネで殺された魔道士に手を下したわけではないのだろう、と。むしろ魔道士がだれによって殺されたのか、知らない可能性もある、と考えながら、ようやくキーラは眠りに就いた。

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