詐欺に資格は必要ありません。 (5)

 扉の外がいつもよりにぎやかだ。きっと補給するために港に停泊しているのだろう。
 丸窓から外を眺めると、船から出ていく傭兵たちの姿が見える。このまま一泊するのだろうか。これまでなら間違いなくそうしていただろうが、いまはアリアの問題もある。

(なにを考えているのかしらね)

 アリアと二人、相変わらず部屋に監禁されたままの状態で、キーラは心の中でつぶやいた。傭兵たちのことでもあり、アリアの仲間たちのことでもある。どちらも何を考えているのか、キーラにはさっぱりわからない。尋問を行うでもなく、救出を行うでもなく。このままルークスにたどり着くのだろうか、と、考えて、キーラは眉を寄せた。

 その流れでは、なし崩し的に、依頼を果たさなければならないのだろうか。

(依頼を果たすことも考えに入れたほうがいいのかしら)

 最近はついに、そんな思考をもてあそぶようになっている。一度、金髪の青年の部屋に招かれたものの、あれ以降は何の音沙汰もない。再び話し合いの機会があると思っていただけに、しょうじき、拍子抜けだ。味方に取り込むことをやめて、手元で見張ることにしたのかしらね、と考えるけれど、奇妙な違和感を覚える。

 ――――がたん、

 窓際から外を眺めていると、奇妙な音が聞こえた。なにかが扉の外でぶつかったような音だ。
 まだ夕食の時間にならないはずなのに、と考えかけて、はっと閃いた。視線を向けると同時に、アリアががばっと寝台から起き上がる。がちゃがちゃと鍵が開けられる音が響いて、扉が開いた。傭兵ではない、すらりとした男の姿が見える。

「ここにいるかい、アリア」
「マティ!」

 ほとんど飛び降りるように、アリアは寝台から扉に向かった。喜々としてアリアが飛びついた人物を見て、キーラは愕然と目を見開いた。あざやかな濃紺色の肩掛けを身に着けたその人物は、アリアを抱き留め、キーラを見返して、にやりと笑う。

「ほお。紫衣の魔道士どのもこちらにいたのか」
「あなた。……どうして、」

 うめくように洩らした、問いかけの言葉は、ほとんど聞き取れないほどかすれていた。
 現れた人物は、他の誰でもない。あの夜、金髪の青年によって斬られた、青衣の魔道士だった。

 間違いなく殺されたはずだ。すぐにキーラも気を失ってしまったけれど、倒れて二度と動けなくなった姿を覚えている。たとえ息があったとしても、『灰虎』が見逃すはずがない。

(双子、だとか)

 直感的に閃いた答え、とは違う別の可能性を、思考は呟いた。それが現実的な答えと云うものだ。だが、アリアが安心したように続けた言葉が、常識的思考を打ち砕く。

「今回は生き返るまでに、ずいぶん時間がかかったのね。心配したのよ」
「悪かったな。丁寧に埋葬されたし、船もなかったから手間取った。心細かったか?」
「別に」

 云いながら、アリアはちらりとキーラを見る。その眼差しを追いかけて、マティと呼びかけられた人物は、おおらかに笑った。好意的な微笑を浮かべて、キーラを見つめる。

「アリアがずいぶん世話になったみたいだな。お礼になにか、してやろうか?」

 なにか、と云いながら、その眼差しはキーラの腕輪に向かっている。反射的に腕輪をおおう。この腕輪を砕かれたら、また、力が見えるようになってしまう。

 ――――また、紫衣の魔道士に戻る、と云うことだ。

 ひょい、と、眉を持ち上げ、マティは意外そうにキーラを見返す。だが、アリアがはっとしたように、マティの袖を引いた。扉の外を見て、マティの表情が引き締まる。
 原因はキーラにもわかった。にぎやかな足音が聞こえる。傭兵たちがこの異変に気付いたのだ。
 マティは短く呪を唱えて、アリアを抱えたまま、水の弾丸を右手から放出する。そのまま後ろに下がる流れで部屋に入り、扉を閉める。アリアが動いて、扉の前にがたがたと衣装箱と椅子を並べた。さらにマティが魔道をかける。どん、と扉が揺れる。傭兵たちが体当たりしているのだろう。二人の思いがけぬ行動に、唖然としていると、マティに再び抱き着いたアリアが手を差し伸べてきた。

「いらっしゃいよ」

 戸惑っていると、アリアは苛立たしげに、差し伸べた手を振った。

「あんたなんてどうせ、この先もここに監禁されたままじゃない。だったらわたしたちと逃げたほうがいい。ちがう?」

 くく、とマティが喉の奥で笑って、キーラを見据えた。さて、どうする? そんな問いかけを含んだ眼差しを見つめ返す、その間にも、どんどんと扉が揺れている。「キーラ!」と呼びかけてくるのは、キリルだろうか。明らかに気遣っている声音だ。応えるべきだろう。迷う間にも、マティとアリアは逃れる様子も見せずに、じっとキーラを見ている。

 待っている。

(なにを考えているの、この人たち)

 本当に困惑して、二人を見つめた。なぜ、逃げ出そうとしないのか。なぜ、自分を待っているのか。このまま自分を待ち続けて、捕まってしまったらどうするつもりなのだ。

「キーラ、いますか!」

 唐突に、「彼」の声が響いた途端、ぴくりと肩が揺れて、心がすくんだ。
 珍しく取り乱した声だ。キーラを案じているのだから、怖がる必要などどこにもない。そう、キーラ、が、怖がる必要はない。……だが、こうしてキーラを待ち続ける二人には。

 すう、と、キーラは息を呑んだ。自分が選ぼうとしている行動の、意味を考えた。

 だが、結局、キーラは一歩進んで、アリアの手を取っていた。アリアは口端を持ち上げる。マティが笑いながら、呪文を唱える。扉が揺れ、衣装箱が倒れる。魔道が消える。

 部屋に飛び込んできた彼と、キーラは確かに目が合った。だが次の瞬間には、金髪の青年の姿は視界から消えていた。マティによる転移魔道が発動したのである。

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