(2)

 港湾都市マーネ。
 アダマンテーウス大陸の南にある中立都市が、わたしたち三姉妹の仕事場だ。魔道的な守護をほどこし、マーネの平穏を守るのが、わたしたちの仕事。最初はただ、結界を張ればいいと考えていたのだけど、市長のベルナルド氏は、それは守護ではないと云い放った。

「聞くところによりますと、魔道士がほどこす結界は、他の区域と完全に空間を区切ってしまう代物だとか。そんなものをほどこされては、マーネの命運は尽きてしまいます」

 たしかに、彼の云う通りだ。マーネは貿易都市だもの、船の出入りを制限されたら意味が無くなってしまう。でも具体的にはどうしたらいいのだろう、とわたしは首をかしげた。

 いまとなっては赤面してしまうけど、契約を結んだ当時、わたしたち三姉妹は魔道士ギルドから色を与えられたばかりだった。つまり世間知らずだったのだ。一人だけ、リュシーが珍妙な表情を浮かべていたらしいけど、長女としてベルナルド氏との交渉を進めていたわたしは気づかなかった。メグが袖をつかんだ理由も不安だからだと思い込んだのだ。

「カールーシャどの。わたしたちが結成した自警団と話し合ってください。魔道にくわしくない者がほとんどでありますが、マーネを守ると云う一事に対し、自負を抱く者達ばかりです。彼らとあなたがた、双方の話し合いによって、よりよい自衛方法が見つけられるとわたしは確信しておりますから」

 かくして、魔道士に囲まれて育ったわたしたちは、ようやく魔道士ではない一般人と話し合う次第となったのである。腕っぷしの強い自警団の男たちは、粗野ではあったけど気持ちのいい人間がそろっていた。自分がマーネを守るのだという自負も強い。だからこそ現在に続く、マーネの平穏を守るための協力体制が整ったのだとわたしは考えている。

 それでは、いまの状況に話を移そう。

 わたしはいま、両腕を縛られて港に並ぶ倉庫に押し込められている。一人ではない、名も知らぬ少女たちが、まわりで打ちひしがれている。しくしくと泣いていた少女もいたが、見張りの男による「うるせえ!」という罵声と頬へのビンタで黙らされてしまった。男たるもの、婦女子にはやさしく扱うべきだ。だからわたしは、あとでその男をしつけてやろうと考えていた。少女への暴力を防げなかった償いとしては、あまりにもささやかだ。でも少女の頬の腫れを癒す魔道は、残念ながら不得意だから、そんなことしかできない。

 ――――それにしても、結構な時間が過ぎている。

(なにをやっているんだろ)

 わたしを囮として、人身売買の商人に押し付けた仲間たちを思い浮かべる。
 居場所を突き止められない、なんて事態は想像しない。わざわざ一般人に扮してまで、倉庫の場所が追跡できるよう、務めたのだ。わたしの努力を無にする仲間じゃない。わかっている。でも気は焦る。
 なぜなら。

 ぎゅーぐるるるーぐーぅ。

 わたしの腹が、盛大に空腹を訴えているからだ。ちらちらとまわりの少女の視線を感じていたけれど、かまわずに、切ない溜息をついていた。ああ、お腹が空いた。こんなにも時間がかかるなら、作戦実行前にもう少し、食事しておけばよかった。仲間たちはすぐに駆けつけると思ったから、いつも通りの食事量で済ませたのだ。もう、食事を摂取して、九時間は経過している。一日三度の栄養補給の機会、そのうち一回を逃してしまった。

 ぐぅーぎゅるるう、きゅっきゅー。

 何度目かに腹が鳴ったとき、ついに隣にいた少女がおずおずと話しかけてきた。

「あの、……あなた、大丈夫?」
「大丈夫じゃない」

 応えたわたしの声は、ずいぶん頼りなく響いたと思う。

 ちなみに、倉庫に放り込まれて食事の機会はあった。ただ、後ろ手に腕を縛られたわたしには摂取できない食事だった、と云うだけだ。薄いスープに、固いパン。少なくとも、両腕が前になければ食べられない。わたしは捕まった当初、商人に疑われないよう多少暴れたため、特別に後ろ手に腕を縛られたのだ。こんな羽目になるとわかっていたなら、おとなしくしたのに。後悔しても、手遅れだった。「なんだ、食わねえのか。けっ、お嬢さまはこれだからよぉ」と云いながら持ち去った男に対しても、わたしはしつけを決意した。

「そうよね。あたしも、きれいに食事、食べちゃったし。……あ、そだ。飴ならあるけど、なめる?」
「ちょうだい」

 素直に応えてぱかんと口を開けると、少女はきょとんと目を丸くした。

 かと思えば、くすくす、と声を控えて笑いながら、「はい」と不自由な態勢から包み紙をはがした飴を放り込んでくれる。甘い。うっとりするような甘さに表情をゆるめていると、少女はにっこりと微笑んだ。
 きれいな少女だ。栗色の髪と茶褐色の瞳が、色白の肌と相まって清楚な印象を与える。だが、すぐに表情を曇らせて頼りなくつぶやく。

「これからどうなっちゃうのかしら。あたしたち、やっぱり売られる、のよね……」
(大丈夫)

 そう云って安心させたかったけど、あいにく、口は飴玉の甘美な感触でいっぱいだ。
 だからわたしは、頭を動かして少女の膝にすりつけてみた。まるで犬みたい。ちらりと考えたけど、細かいところは気にしなくていいだろう。驚いた少女は、すぐに微笑んだのだし。縛られたままの腕を動かして、少女はわたしの頭を撫でてくれた。

「ごめんなさい……。あたし、あなたより年上なのに、恥ずかしいわね」
(恥ずかしくなんて、ない)

 安全な場所から引き離されて、人身売買の商人の元にいるのだ。
 不安になるのは当然だし、哀しみ嘆くのも当然だ。むしろ恥ずかしく感じるべきは、れっきとした反撃方法を持つにもかかわらず、囮に徹しているわたしじゃないだろうか。

(むう。計画変更して、暴れるべきかな)

 そんなことを考えたときだ、ようやく待ち望んだ騒動が倉庫の外から聞こえてきた。

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