(5)

「はぁい、朝ですわよー。起きてくださいな」

 やわらかな声とともに、部屋に陽光が差し込んだ。枕を抱きしめていたわたしはまぶしさに眉を寄せる。「まだ眠い」、つぶやいて陽光を避ける。だって眠いのだ。昨日も有能極まりない市長にこき使われて、あちこち駆けずり回った。すごく疲れている。だから今日一日くらいは寝台の中で過ごしていたいと考えたのだけど。

「カールーシャ。朝食が冷めてしまうでしょう、起きてくださいませ」

 メグがさらに言葉を重ねる。むう、と唇を結んだところで、ぱっと目を開けた。視界の先にいる、髪をひとつにまとめて前掛けをした妹がくすり、と笑う。

「どうやらお腹はお目覚めのようですわね?」
「……うー」

 枕を抱えたまま、唸ったわたしのお腹が、再び鳴った。きゅーぐるるうーきゅきゅー。
 欠食しているわけではないのに、どうしてわたしのお腹はこんなに主張が激しいのだろう。しぶしぶ起き上がり、ぼさぼさになった髪を手櫛でといた。顔洗うの、後にしちゃだめかなあ。ぼんやりと考えていると、ぽんと緑色の服を寝台に投げられた。
 いつのまにか、リュシーも部屋にいた。おしゃれ好きの彼女らしく、朝から隙もなく整った姿だ。肩掛けこそしてないけれど、薄青色の長衣を着ている。切れ目からのぞく、黒色の下衣がしゃれた印象だ。長い髪を右肩に編み込んで、白いレースのリボンでまとめていた。初夏にふさわしい、涼やかな格好だ。

「カールーシャ。今日の服を選んでおいた。休日なのじゃ、緑色も悪くないであろ」
「ん。でも今日はお出かけの予定はないのだけど」
「あらあら、困りますわぁ。ひさしぶりの休日ですから、今日はお掃除の予定ですの。適度に家を空けてくださいませね?」

 我が家の家事を一手に握る妹のお願いに、わたしは軽く肩をすくめた。

 さて、ここでわたしたちが住んでいる家の紹介に移ろう。

 わたしたち三姉妹の家は、マーネの高級住宅地にある。でも誤解しないでほしい、これはわたしたちが高給取りだから、と云うより、仕事上の理由だ。いざというとき、すぐに市長宅に駆け付けられるよう、近くに暮らすよう、求められたのだ。

 だから、築百年にもなる石造りの家を、良心的な価格で借りている。わたしは集合住宅が好みだったのだけど、もともと、家を所有したかったメグはたいそう、喜んだ。あちこちガタが来ていた家を丁寧に修繕し、庭にも畑を作って野菜を育てている。ある意味、ここはメグの城だ。わたしからしたら面倒な家事も、彼女にとっては精魂込めて作り上げた家を磨くための、大切な楽しみなのだ。

 焼きたてのパンに、根菜野菜のポタージュ、鶏肉サラダ、と云う簡単な朝食を済ませたあと、だからわたしとリュシーはメグを置いて家を出た。台所からは、ご機嫌で皿洗いしているメグの鼻歌が聞こえる。なんとなく肩をすくめ合って、同じ方向に歩き出す。

「わたしはアデラーイデの店に行く。そろそろ新作が出るころなのじゃ」

 アデラーイデの店とは、リュシーがひいきにしている服飾店だ。
 比較的高価な服を扱っているのだけど、芸術の都タベルナで修行した女主人がデザインして作る服は、まさにリュシーの好みなのだ。いま着ている服も、そこで購入したもの。

 また服が増えるなあ、と考えながら、わたしはちょっと考えた。
 ええと、どこに行こう。港や公園に行ってボーっとしてもいいし、本屋さんに行って立ち読みするのもいい。街頭芸人を冷やかすのも悪くないとか、いろいろ考えていたのだけど、つるっと唇はまったく別の場所をつぶやいた。

「わたしは八区に行く」
「……珍しい場所を云い出したのう。メグにお土産でも買うのかや?」

 ぱちぱちと目をまたたいたリュシーが云う。
 マーネは十六の区に分かれている。八区はマーネの胃袋ともいえる場所で、食料品を扱っている店が集まっている区域だ。ふるふると首を振って、わたしは続けた。

「ピッツァを食べに行く」
「マリナーラ、かの?」

 にやりとわらったリュシーは、わたしのめあてを察したらしい。

 数日前、美味しいマリナーラを食べた、と、もちろんわたしは妹たちに話した。さいわい、ラウロが作ったピッツェッタは妹たちの口にも入ったらしく、しばらく、わたしたちの食卓では盛んにマリナーラが並んだものだ。ただ、いくら好物と云っても、最近は飽きたようで、昨日の夕食は白身魚の茄子詰め、セルフィーユペースト添えになっていた。もちろんおいしかったのだけど、わたしはマリナーラが食べたかった。

 だからだろうか、わたしはなんだか、すかすかする気持ちになっていた。

(もっと食べたいのに)

 リクエストしてもいいのだけど、食事を作るメグが飽きたと云うなら、無理強いはしたくない。そもそも食事を作ってもらえるだけでもありがたいことなんだから、と考えているわたしの隣で、にやにやとリュシーは笑っている。ちょっとだけ不気味だ。

「ようやく我らが姉上にも、春が来たようだのう。しかも食べ物がらみとはなんともはや」
「リュシー。春はとっくに来ていて、季節はそろそろ初夏だよ」
「ええい、ちがうわ! ふふっ、まあよい。帰ったらメグにも教えてやらねばな」

 なんだか意味不明な内容をぶつぶつつぶやいている妹とじきに別れて、わたしはまっすぐ八区に向かう。目的地は、ラウロが働いているピッツァ専門店だ。名前も場所もしっかり調べておいたから、道に迷うはずがない。そう、迷うはずはなかったのだ。

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