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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

無資格は行動しない理由になりません (1)

「ありえない」 

 三角に折った布で口元をおおい、ばたばたとはたきを動かしながら、キーラはつぶやいた。鼻までおおっている布が邪魔して明確な発音にならなかったが、同じ部屋で同じ格好をして、同じ行為をしているレフはしっかり聞きとがめたようである。

「あん? なにがだ?」 
「わかりきっているでしょ、資料室のこの惨状よ! 魔道の資料・材料は整理整頓を心がけるべし、と云う暗黙の了解があるにもかかわらず、どうしてここまでほこりだらけなの、整理されていないの! 一人だったからと云う事情は言い訳にならないっ」 

 びし、と、はたきを向けて云い放てば、レフはうるさそうに眉を寄せた。

「だから反省してわしも掃除を手伝っている。あんた、たいがい、しつこいぞ」 
「しつこくもなるわよ、掃除を始めて何日たっていると思うの。もう七日よ? 整理整頓がされていたら、資料探しでなにかの成果が出せていたころだってのに……っ」 

 そう考えると、本当に、失われた時間が惜しくてたまらない。悔しさにぶるぶる震えていると、さすがにレフも感じるところがあったのか、後ろめたそうな様子で目をそらした。 

 それ以上なにも云わないで、ばたばたと掃除を再開し始めたから、キーラもしぶしぶ、はたきを動かした。ああ、文句が云い足りない。だがこれ以上、細かく云っても現状は変わらないのだ。だからほこりを払いながら、乱雑に置かれた本のタイトルを探る。掃除しながら、関連本を探すのだ。同時進行だ、やるしかない。

 ――――キーラはいま、ルークス王国の王宮から、魔道ギルドに通っている。 

 災いを消滅させる方法を探すためだ。キーラの魔道能力を喰らったため、災いはいま、活動を停止している。ロジオンのときは七年もったというから、今回もそれ以上、災いはおとなしくしているだろうと予測できている。だからと云って、安心していられない。数年後には必ず災いが目覚め、新たな魔道士が犠牲になる事態が発生するのだから。

(焦る必要はないのかもしれないけど)

 ただ、ルークス王国で発生している出来事をかえりみたら、やはりキーラは奇妙に追い立てられる気持ちになってしまう。なにかしなくちゃ、と云う気持ちになる。

 なにが起こっているのかと云えば、アレクセイと魔道士たちの対立だ。  第一位王位継承者として王宮入りしたアレクセイは魔道士たちへ政権の返還を要求し、魔道士たちはイーゴリ王の文書をたてに、偽物王子が登場したと主張している。ただ、ルークス前王から厚い信頼を受けていた魔道ギルド前支部長ロジオンと、スキターリェツがアレクセイ王子は本物だ、と証言しているから、やや面倒な事態になっているのだ。 

 キーラにしてみたら、意外な展開である。ロジオンはわかる。アレクセイの味方をすると決意を固めた経緯を傍で見てきたのだ、だからロジオンの行動はわかるが、スキターリェツの行動は本当に思いがけない。そもそもアレクセイを気に入らない様子だったのに、と不思議に感じて問いつめれば、「他の国に、ああいう文書を送った時点で、楽園の日々は、おしまいだからね」という答えが返ってきた。さすが助言役、あっさりしている。

 だが、ルークス王国の現状をかえりみたら、スキターリェツの主張はうなずける。なぜならルークス王国に住む一般の人々は、アレクセイの帰還を喜んでいるからだ。 

 これまでの十年、ギインナイカクセイという仕組みから、さまざまに生活は便利になっている。王立図書館の改革や、国内流通制度の改革など多岐にわたるが、王宮の動きはなんとも不透明だった事実が、一般の人々に不安を与えていたらしい。

 アレクセイ王子が王宮に現れてから、魔道士たちはイーゴリ王が王制を廃止し政権を民に委譲した、と云う発表をしたが、それが? という反応がほとんどである。なにしろ、スキターリェツのアドバイスに従って、魔道士たちは様々な政策をイーゴリ王の名前で発表・実施してきた。ギインナイカクセイと云う仕組みの実績になっていないし、なにより、ほとんどの一般人が、ギインナイカクセイという政治に胡散臭い眼差しを向けている。ほとんどの人にとって、国は王族が治めるもの、と云う前提は揺らいでいないのだ。 

 しかし、もちろん少数派もいる。諸国からモルスを押し付けられた事実を知り、この十年、政治に携わってきた識者たちである。彼らはシンブンと云う情報媒体を使って、様々な反論を試みている。ただ、客観的に見たら、どうにも劣勢だ。モルスの件も暴露したが、王族への侮辱として受け止めている人がほとんどだ。キーラとしては苦笑するしかない。 

 だから、魔道士たちは、追いつめられている。

 長く行方不明だった魔道士ギルドルークス支部長と魔道士ギルドの長が現れ彼らを糾弾し、頼りにしていたスキターリェツまでアレクセイ王子の味方となったからだ。緊迫した空気が漂ういまだからこそ、キーラは、災いを消滅させておこう、と考えている。

(災いを悪用されたら、たまらないもの)

 繰り返しになるが、いま、災いは落ち着いている。だがそれは、すなわち無害になったという事実ではない。王宮の地下施設はアレクセイが持つ王位継承者の証によって閉じられたが、可能性がないわけではない。災いの根は、完璧に断っておきたいのだ。

(いまのあたしは、もう紫衣の魔道士ではないけど――――) 

 それどころか、色なしの魔道士ですらない。ギルド長によって、ロジオン共々、正式にギルドを除名されたから、いまのキーラは王宮に住んでいるだけの一般人に過ぎないのだ。 

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