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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

無資格は行動しない理由になりません (2)

 こんこんこん、と扉を叩かれ、我に返ったキーラはあわてて応えた。

「キーラ、レフ。いつもの配達が届いたよ。お昼にしよう」 

 にこやかに笑いながらロジオンが扉を開けた。もうそんな時間、と、驚いていると、脇でレフが大げさに息をついた。

「やれやれ、やっと昼めしか」、そう云いながら口元をおおっていた布を外し、大きく背伸びをしながら資料室を出て行く。なんとなくムッとしながらキーラも布を外した。ちいさな解放感を味わい、扉を支えていたロジオンと部屋を出る。 

「まったく腹が立つ。掃除くらい、ちゃんとしなさいってのよ」
「いまさらだ、キーラ。むしろわたしは、わずか七日間で、ここまでよくぞきれいになってくれた、と感動しているよ。レフだからしかたない。あいつに家事能力は皆無だから」 
「そうやって甘やかしているから、魔道士ギルドが家庭用害虫の跋扈する魔窟に成り果てていたのよ? いまでも片隅から飛び出てくるんじゃないかって、びくびくしちゃうわ」 

 掃除を始めた当初、魔道士ギルドにある厨房での光景を思い出して、キーラはぶるっと身体を震わせた。まったく、おぞましい。大っ嫌いなアレなんて目にしたくもないのに、よりにもよって魔道も使えないいま、原始的な方法で退治するはめになるなんて。キーラがレフに対し、どうしてもきつくなる理由はここにある。アリアも盛大に賛同してくれた。 

 ロジオンは苦笑しながら、食堂の扉を開いた。いちばんに掃除した部屋は、窓もピカピカに磨きこまれているから、明るい陽光がさわやかに差し込んでいる。かつてたくさんの魔道士たちが食事をしていたテーブル、中央付近にあるひとつにレフは着席していた。そんな彼に対し、なにかをまくし立てていたアリアが、顔をこちらに向けながら一喝した。

「二人とも遅い! 放っておいたら、このひげおやじが全部食べるところだったわ」 
「さすがにそんなことはせん」 

 むっすりとレフが口を挟んだが、ふん、とアリアは鼻を鳴らした。「どうだか」と聞こえよがしにつぶやいて、大きなかごのふたを開ける。黒パンの大きな塊に、きゅうりのピクルス、じゃがいもと鶏肝のソテー、サーラと呼ばれる豚の脂の塩漬けが出てきた。それだけではない、かごの隣にはスープが入っているらしき、鍋も置いてある。キーラはいそいそと動いて、ふたを取った。ふんわり、煮込んだ魚の匂いが漂ってくる。 

「ウハーよ。今日はロゥワソイスで作ったの」 
「ああ、いまはちょうどおいしい時期ですからね。楽しみです」 

 ルークス育ちなアリアとロジオンの会話を聞きながら、キーラはスープを器に分けていった。たっぷり入っているから、四人分ついでも、鍋に残っている。レフがうれしそうに舌なめずりした。お代わりを狙っているな、と察しながら、ロジオンの隣に座った。食前の祈りをささげて、まずはさじでスープをすくう。塩で味付けしているだけだが、ロゥワソイスという魚のうまみが充分、出ている。用意してくれたローザに感謝だ。

「で、今日はどのくらい進んだの?」 

 しばらく、みな、無言で食事をしていたが、思いついたようにアリアが訊ねてきた。 
 ロジオンが苦笑し、レフがさりげなく視線をそらす。キーラが溜息をつけば、それだけでアリアは事態を察したらしい。「なるほどね」、とひとつ、うなずいた。 

「悩ましいところよね。わたしも手伝いたいけど、スキターリェツさまからおおせつかった、ローザのお手伝いをおろそかにするわけにはいかないし。ああん、もお、わたしが二人いたら、もっと事態ははかどっていたのにっ」
「やかましいのが三倍になるだけだ」 

 アリアの嘆きに、ぼそっとレフがつっこむ。「なんですって!」とたちまち、アリアが反応する。ぼそぼそ、とレフも云い返す。そんな二人は放って、ロジオンとキーラは食事を続けた。いつものことだ、と、すっかり喧騒に慣れたキーラは、ロジオンに話しかける。

「そう云えばロジオン、資料は一通り、十年前に見ていたのよね。永続魔道に関する資料はあった? あるいは、覚えてない?」 
「いや、残念ながら魔道士ギルドには、なかった」

 こちらもすっかり慣れた様子で、ロジオンがすみやかに応えた。掃除している間に閃いた案、災いにかけられた永続魔道を解除すればいい、と云う方法は、すでにロジオンも閃いていたらしい。キーラは落胆しながら、ロジオンの微妙な云い回しに気づいた。 

「魔道士ギルド、には・・?」 
「なにしろ当時は一人で資料を見ていたからな。神殿に残っている資料まで手が届かなかった。災いを退けよ、と王に命じられたとき、いちばんに資料閲覧を申し出たが、断られたという事情もある」 

 神殿は秘密主義だからな、と続けたロジオンの声は苦々しい。 
 キーラはぱちぱちまたたいて、首をかしげた。いま、微妙な違和感を覚えた。なにせ、これまで神殿勢力と対峙してきたが、相手はあくまでもスキターリェツに従う魔道士たちだったのだ。キーラのなかでは、魔道士たちが加わったから、神殿の権威が増した、という認識だっただけに、よりにもよって、魔道士ギルドの支部長の要請を拒絶するとは意外だった。

 最高神を奉る神殿は各国にあるが、その権威は国によって違う。たとえばマーネは中立都市であるから、神殿の権威は弱い。たくさんある宗教のうちのひとつ、と云う位置づけだ。パストゥス王国も同じだろう。王宮内に礼拝堂が残っていた事実を思い出せば、数代前とは云え、信仰が異なる妃を迎えられる程度には、神殿の権威は強くないようである。

「ルークス王国の神殿は、そんなにえらいの?」 
「なにせ、異世界人を召喚する術を伝えられてきたところだからな。それなりに」 

 なるほど、と気づいた。王家に伝わる秘密を共有してきたところだから、特権を与えられていた、と云う事情か。それでも腑に落ちない。いま、神殿では魔道士たちが前面に現れている。本来、神殿に在籍している神官たちはどうしているのだろうか。 

「ほとんどの神官は、スキターリェツさまに従っているから、アレクセイ王子の味方となっているわね。だから王子さまの指示に従って、通常通りにおつとめしているはずよ」 

 レフと口論を続けながらも、アリアはしっかりキーラたちの会話を聞いていたらしい。
 わざわざキーラをかえりみて教えてくれたが、眉間にしわを寄せたレフが疑問をはさむ。 

「本当にそうか? カンザキキョウイチロウは災いを消滅させようとしているらしいが、つまりそれは、異世界人召喚の必要もなくなるということだ。神殿は役割をひとつ失うわけだろう。すなわち特権を失う、と考える神官がいてもおかしくないぞ。神官たちだって人間だ。与えられていた特権を失うとあれば、血迷う人間がいてもおかしくない」 
(たしかに、一理ある……) 

 食事を続ける手を止めて、思わずキーラは考え込んでしまった。 
 いまならアレクセイ王子もスキターリェツも協力し合っている。彼らの名前を借りれば、災いに関する資料も、十年前と違って貸し出してもらえるかもしれない、と閃いたのだが、神殿側の思惑を考えたら難しいかもしれない。途方に暮れてロジオンを見たら、意外にも、ほがらかな微笑みが返ってきた。 

「とにかく行動しない限り、なにもわからないだろう。今日、王宮に戻ったら殿下たちに頼んでみたらどうだ? 明日の掃除は、わたしたちだけでするから安心するといい」 

 楽観的な提案に、キーラは困った。さてアレクセイは許してくれるだろうか。 

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