「気づいてる?」
「あたりまえだろ」
食事を済ませてコンモツィオーネから事務所に戻る途中、わたしとディーノはそんな会話を交わした。目的語を伏せた会話は、背後に従う気配についてだ。コンモツィオーネから従ってきた気配は、自らを隠そうとしていない。わかりやすく、わたしたちの後をつけている。ディーノとひとつ、頷き合って、小道に逸れた。はぐらかそうとしたわけじゃない、待ちかまえようと考えたのだ。さらにディーノは進んで、別の小道に向かう。
わたしは一人、行き止まりを背中にして、追跡者を待ちかまえた。
やがて追跡者は、背の曲がった男として現れた。わたしを見て、足を止める。くしゃくしゃに折れた帽子を取って、にやっと笑いかけてきた。
「気づいてましたか、さすがはマーネの守護神ですなぁ」
「と云うことはあなた、わたしたちから逃れるつもりはないのね?」
そう応えたころ、小道を通って回ってきたディーノが現れ、男の退路を塞いだ。そんな事実にも動揺したそぶりも見せず、男は帽子を手のなかでもてあそびながら口を開いた。
「ありませんでさあ。そもそも、そちらがお望みの情報を渡すためについてきたんで」
「ふうん?」
「おっと! 変な気を起こさないで下さいよ? おれらはむしろ、親切心で動いてるんです。それを仇にされたらかないませんや。魔道士さんもです、おとなしくしてください」
じり、と、距離を縮めようとしたディーノにそう云いかける。わたしはすでに魔道を放つ準備を整えていたけど、男が掲げた腕輪に、諦めて力を散らした。魔道攻撃を防ぐ準備を整えているみたいだ。ディーノと視線を交わして、わたしはゆっくりと腕を組んだ。
「お探しのレオは、一区に潜伏してますぜ」
いきなり渡された情報に、軽く肩をすくめた。
「それだけ? 一区はホテルが集まる地域だもの。あまりありがたみのない情報ね」
「やや、手厳しい。いえね、それが一人ではないんでさ。外からやってきた、小悪党と一緒なんですよ。だからファミーリアとしては目障りなんでさあ」
(やっぱり、か)
男の発言から正体が知れて、息を吐いた。魔道攻撃を防ぐ腕輪なんて、だれもが持っているものじゃない。それこそ、魔道士とやりあう事態を想定している立場でなければ。
「ファミーリアが気にかけるほど? いま、小悪党と云ったわよね」
「ボスはピッツァが大好物なんでさ。ですからピッツァフェストも毎年楽しみにしていたのに、その楽しみを台無しにされた、とおかんむりで。自分たちの手で制裁を加えると云って聞かないのを必死で止めてるんですぜ?」
わかってくださいよ、側近の苦労も、と男は続けて、から涙をぬぐって見せる。
なんだか最近、妙に演技かかった人種と縁がある。そう考えながら、ディーノと視線を交わした。
いままでにもファミーリアと協力し合ったことはある。ただ、それはあちらにも益がある状況だ。今回、ファミーリア側の益はなんだろう。ピッツァフェストが楽しみだったのに台無しにされたから、と云う理由だけで動くはずがない。
「やだなあ、疑ってらっしゃるんで? 本当ですよ、誓ってもいい」
視線を交わしていたわたしたちの疑惑に気づいたらしい男は、ぱたぱたと手を振りながら言葉をはさんできたけど、信じられるはずがない。じろりと見つめてきたわたしたちに、ちょっと困った顔をして、男はぽつり、と独り言を漏らした。
「そういや、ここだけの話。ボスがまだ下っ端だったころ、あるピッツァイオーロに助けられた、と聞いたことがありやす。へまやらかして、おまけに食べ物も恵んでもらえず餓死寸前だったボスに、とびっきりのマリナーラを振舞ってくれたとか。あとでピッツァフェストの優勝者だって知ってひっくり返ったとか」
「それが、アドリアーノじいさん?」
半信半疑で訊き返すと、男はひょいっと肩をすくめた。
「さあ。あくまでも噂話ですんで」
喰えない男だ。でも、男の打ち明け話を、信じる理由はないけれど、疑う理由もない。
とにかくここまでしか情報は引き出せないだろう。首を振るディーノを確認し、ファミーリアの益を聞きだすことを諦めて、わたしは、腰に手のひらを当てて、首をかしげた。
「ファミーリアのトップは、レオたちを捕らえることをお望み?」
「ちゃんと仕事はしてほしい、というのが、ボスからの伝言ですぜ」
ピクリとこめかみを動かしてしまった。
なかなかクツジョクテキだ。なぜに犯罪組織のトップから自警団であるわたしたちが、仕事しろ、と云われなければならないのか。だれが仕事を増やしていると思っている。
男は上着の懐から封筒を取り出し、すすす、とわたしに歩み寄って封筒を渡した。封筒を受け取りながら、手首をつかむ。逃がすつもりはない。男は困ったように眉を下げた。
「カールーシャ!」
ディーノの叫びは警告だった。気配を感じ取ると同時に、男の手を放す。びしっと傍らの煉瓦に跳ね返る音がする。ちいさな鉄丸の塊がはじける。ディーノはすでに動いていた。積み上がっていた木箱を乱暴に蹴り飛ばしてきたのだ。
それはわたしを第三者の攻撃から逃れさせるためだったが、同時に、男が退散するきっかけを与えた。ぽんと帽子をかぶって、小道から大通りまで走り抜けた男は、去り際に、にやっと笑って。
「おおっと、あぶねえあぶねえ。そうだ、お節介にもうひとつ。ラウロ・ブルネッティは完全に白ですぜ。レオの接触を受けていましたが、きっぱり断っていやした。悩める守護神さまが、少しは気を楽になさいますよう……。青春は大切ですからなあ」
そんなことを云ってよこしやがった。
「ウェダ、トゥソーチィムプレチェリイマシネームフォーネマ」
(水よ、縄となって敵を縛めなさい)
とっさに呪文を唱えたけれど、間に合わず、男は人波に紛れてしまった。通行人に魔道をぶつけるわけにはいかない、わたしはしぶしぶ追及を諦める。でも当然のことながら、むかむかと感情が波打っている。ディーノがわたしから封筒を取り上げて、がさがさと入っていた書面を広げた。視線を落として、ふ、と息を吐き出した。
「おまえがカットゥロから聞き出そうとした情報が書いてある。カットゥロはやっぱり、アドリアーノじいさんを盾にとられて、レオの要求に屈したらしいな。他の辞退者たちへの恐喝等の実行者の名前も書いてあるぞ。さっそく動いて、こいつらを確保しておくか」
「ディーノ。ファミーリアが関わっている事件って、他になかった?」
「エットレから割り振られた分にはなかったはずだな。どうした」
むう、と、わたしは唇を曲げて憤然と腕を組んだ。
「次回、ファミーリアが関与している事件が持ち込まれたら率先して関与する。ぎったんぎったんに、ファミーリアなんて、壊滅状態にしてやるんだから!」
「……まあ、ガンバレ」