宝箱集配人は忙しい。
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厨房に続いている食品庫を見て、僕はチーズリゾットを食べたいと伝えた。
いや、濃厚なチーズリゾットは本当に、僕の胃袋に優しいのか、という疑問が出てきたのだけど、リゾットならチーズリゾットを食べたい気分になったのだ。どんと置かれたチーズの塊を見てしまったら、そうなってしまうだろう。
貴公子は「あいわかった」と言って、材料のいくつかを取り上げる。もちろん僕も手伝った。とは言っても、大きなチーズの塊とチーズグレーターを持っただけだ。
そうして食品庫を出て、貴公子は調理を始める。
正直なところ、意外だった。チーズリゾットの作りかたは、僕も知っている。材料を細かくカットし、フライパンで炒め、ブイヨンで味付ける。そんな調理を貴公子は手際よく進めていくのだ。
「作り慣れてますね。チーズリゾット、お好きなんですか」
僕が持っていたチーズの塊を切り出し、チーズグレーターで削りながら訊ねると、貴公子はチラリと笑う。
「いっときな。当時に読んでいた本にチーズリゾットが登場していてな、興味を持って作ってみたら、上手くできたゆえ」
「へえ。チーズリゾットが登場する物語なんて、あったかなあ」
僕がのほほんと応じると、貴公子は困ったように笑った。
「そなたは知らぬであろう。もう、とうに滅びた国の物語だ。三百年は昔の話になる」
不覚にも、僕はチーズを削る手を止めてしまった。
三百年ほど昔に滅びた国といえば、該当する国がひとつある。当時、なかなかの隆盛を誇った国だが、魔王に滅ぼされた国だ。
もっともその魔王は、当時に生まれた勇者に討たれたとも聞いている。歴史の一端を思い出していると、「いかんな」と貴公子がぼやくように言う。
「そなたと共にあると口が軽くなってしまう。今の話は秘密だぞ」
「え、秘密にしなくちゃいけないことなんですか。魔王が読書して物語に登場する料理を作ってしまったってことは」
僕は抱いた疑問を口にしてから、気づいた。貴公子も僕が今、気づいた事実を察したらしい。調理を続けながら、難しい表情を浮かべて唇を結んだ貴公子に対し、僕は訊ねる。
「まさか、あなたは三百年以上、生きていると言うんですか」
気づいてしまった事実をそのままにしておけなかったんだ。
だから新たに気づいた疑問を口にしたけれど、貴公子が答えることはしない。ただ、ニンニクのいい匂いを漂わせながら、調理を続けているだけだ。
(秘密だって言ったものな)
でも、と、僕は途方に暮れる。
貴公子は三百年以上生きている。当代の魔王である彼はそういう存在なんだと知ってしまった。自然な発想と貴公子の沈黙が、冷徹な事実を教えてくれる。
つまり勇者は、魔王を滅ぼすことなんて、できやしないのだ。