宝箱集配人は忙しい。
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『おぬし、なにがあった?』
少しぶりに会うドラゴンは、僕と秘書どのを見るなり、そんな思念を送ってよこした。
いつもならば、るるると軽やかに響くドラゴンの鳴き声は、いつもよりも重みを伴った響きになっている。人間で言うならば、低く唸ったというところだろうか。
思いがけない言葉に、秘書どのは表情をこわばらせ、僕は唇を結んだ。
やはり僕の身には尋常ではない出来事が発生していたようだ。常駐医には感じ取れないなにかをドラゴンである彼女は感じ取ったのだろう。僕は口を開いて、息を吐いた。
「記憶を失いました。機密事項を漏らした症状は出ていませんが、」
『おぬしから、我が君の気配がする』
珍しいことに、ドラゴンは僕の言葉をさえぎった。
優美な巨体がうっそりと動いて、僕の近くにドラゴンの頭が降りてきた。紫色の瞳が、僕を見つめる。白銀の鼻先が僕の身体に触れた。わずかに押された僕の身体を、秘書どのが支えてくれた。ドラゴンの言葉に耳を疑っていた僕は、秘書どのに短く礼を言って姿勢を改めた後、すぐそばにあるドラゴンの瞳を見つめた。
「あなたの創造主の気配が、……僕から?」
「気のせいではないのですか」
僕の言葉を補うように、秘書どのがドラゴンに言葉をぶつけた。
するとドラゴンは鼻を鳴らす。その鼻息が僕と秘書どのの髪を乱し、ドラゴンはゆっくりと巨体を正した。半目になったドラゴンが、秘書どのを見下ろす。
『わらわが我が君の気配を違えて捉えると? おぬしがそやつの異常を見逃すくらい、ありえぬ事態だと心得よ』
「失礼しました」
ツッコミどころ満載なドラゴンの言葉に、秘書どのが神妙に応える。二人のやり取りに脱力しそうになったけれど、僕はドラゴンから与えられた情報に混乱した。
だってそうだろう。どうしてこの状況で、ドラゴンを創造した人物が出てくる?
そもそも、ドラゴンを創造した人物は、古代人は、気が遠くなるほどはるかむかしに滅んだはずだ。だからこそドラゴンは迷宮の管理者になったんだ。それがこのときになって。ドラゴンが自身の終わりを見据えて動いている、このときになって、なぜ現れた。
そもそも、迷宮の管理を委ねたドラゴンではなく、僕の元に現れた理由はなんだ。
(僕がドラゴンに近しい存在だと知っているから?)
その推測が閃いたとき、僕はなぜだか、貴公子を連想した。
記憶を失った僕を保護してくれた友人を、この瞬間に思い出した事実に動揺した。でも続いて連想した場面に、そうか、という納得が働いた。
いつかの夜。共に食事を終えて襲撃を受けた夜、貴公子は迷宮を眺めていたんだ。
懐かしいもの、既知のものを見る眼差しで。