宝箱集配人は忙しい。

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 落ち着け、と、僕は自分に言い聞かせた。

 貴公子への違和感を本人にぶつけたとしても、得られるものはないだろう。短い付き合いでも、そんなに簡単な人ではないと察している。何事かを秘匿しているなら、その秘匿している気配ごと隠し通せる、そんな厄介な御仁だ。

(そもそも、僕が捉えた違和感だって、僕の錯覚という可能性があるんだよなあ)

 息を吐いて、ふと、落ちている沈黙に気づく。

 見上げればドラゴンは僕をじっと見下ろしていたし、斜め後ろに視線を向ければ、秘書どのだって曖昧な表情で僕を見つめていた。すぐに気づいた。この二人は、僕に関して勘が鋭い。だから僕が、貴公子を連想した気配を感じ取ったに違いない。

 つまり、ドラゴンの創造主と思われる人物に心当たりがあると思われてるんだ。

 僕は唇を開いて、閉じて、思い切った。

 じっと、期待を込めて僕を見下ろしている紫色の瞳を真っ直ぐと見上げる。

「あなたの創造主はどんな人ですか」
『我が君の、外見的要素を訊ねておるのか』

 さすが話が早い。僕が頷くと、記憶を探るようにドラゴンは上向く。

『髪の色は闇を切り取ったような色。瞳の色はわらわと同じ紫水晶の色。研究職であるから、肌の色は白く。けれど、護身術にも長けていたから、体つきはしっかりとしていた。わらわには人の美醜はよくわからぬが、多くの雌に好かれていたようじゃな。魅力的な雄だったのだろう。常に白衣をまとい、落ち着いた雰囲気を漂わせておった』

 貴公子を思い浮かべる。

 黒髪に紫の瞳、白い肌。ドラゴンが語った特徴は当てはまる。けれど、決定的ではない。そもそも同じ特徴を持つ人間は、この大陸にどれだけいると思うんだ。

「室長」

 ドラゴンの言葉を聞いた秘書どのは、同じ人物を思い浮かべたのだろう。表情を厳しく引き締めている。怒っている? ちょっと驚きながら、僕は秘書どのの言葉を促した。

「すぐに宿屋に向かいます。彼を拘束しましょう」
「ダメだよ」

 予想通りの言葉に、僕はきっぱりと否定を返した。

「ご友人だからですか。ですが、」
「ちがう。なにが起こるか、わからないからだ」

 僕はそう言った。

 友人だから、とか、共に酒を楽しんだ仲だからとか、そういう感傷めいた理由は思い浮かばなかった。僕の感覚は、ただ、あの貴公子を侮ってはならない、と訴えている。

 気品漂う、穏やかな人だ。おまけに、滞在している宿屋の女将の依頼を簡単に引き受けるほど、きやすい人だとも知っている。子供のように、てらいなく笑ったりもする人だ。

 でも、それだけが貴公子の一面ではない。

 真実、貴公子がドラゴンの創造主だというならば、彼は古代人だということになる。はるかむかし、それこそ僕たちが生まれるよりもずっとむかしから存在してきた生き物。

 ただものであるはずがない。

 下手な刺激を与えてはいけない。相手はこのドラゴンを創造したかもしれない存在だ。単純に考えて、ドラゴン以上の能力を有していると考えた方がいいだろう。

『我が君を拘束しようなどと、無謀なことを考えるのう。そのようなことはまず、わらわに勝てるようになってから、試みるべき事柄であろうな』

 ドラゴンが僕の考えを裏付けるように告げると、僕と同様、ドラゴンに勝てない秘書どのは悔しげに唇を結んだ。僕は真っ直ぐにドラゴンを見上げる。

「あなたの創造主が、僕に対してなにをしたか、わかりますか」

 僕は記憶を失った。外的要因のない記憶喪失だ。内的要因にも心当たりはない。だからこそ、僕の記憶喪失には、ただものではない存在の関与を疑ってしまう。

 僕の問いかけに、ドラゴンは長く沈黙していた。

 僕の全身を凝視して、創造主の関与した部分を探っていたのだろう。僕たちには感知できない領域の検査を行なったのだろうドラゴンは、だが、沈黙を破って告げた。

『すまぬ。わらわには答えられぬ』

 わからぬ、ではなく、答えられぬ。

 ドラゴンの言い回しが、直感的な導きを僕に与えた。思わず苦笑を浮かべてしまう。

 そうか。あの人が僕の記憶を奪ったのか。

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