宝箱集配人は忙しい。
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綺麗に刈り込まれた植木が、がさりがさりと動いて、ギルド長が顔を出した。
「遠慮していたわけではないのじゃよ。空気を読んで隠れておっただけなのじゃよ」
何を堂々と言っているかな、この人は。
今日も今日とて、庭師に扮しているギルド長を睥睨しながら、僕は「お腹が空いてるから、手短に報告しますね」という前置きをしてから、事態の説明を始めた。
すでに、僕が行方不明になっていたことも、記憶を失っていたことも知っているだろうけれど、ドラゴンの元を訪れて明らかになった事実まで、ギルド長は知らないはずだ。珍妙な表情を浮かべていたギルド長は、話を聞くにつれて、ゆるやかに表情を変えた。
「なるほどのう」
軽い調子でそう言ったもののの、ギルド長の表情は沈着なものだ。あまり見ることのない、頼もしい表情に僕は思わず期待してしまう。
けれど。
「まず、言っておくかの。セシル、おまえさんは宝箱管理室の室長を辞める必要はない」
落ち着いた様子でそう言われたものだから、「なぜですか」と反撥してしまった。
ギルド長は宥めるように両手を掲げ、僕に対して「落ち着け」と言う。
僕は落ち着いてるんだけど。思わずムッと唇を曲げれば、ギルド長は苦笑した。
「自覚がないのも困りものじゃな。まず、断言しておこう。おまえさんは記憶を奪われたこと以外に、何かをされてはおらぬよ」
「なぜそう言い切れます? そもそも当事者である僕の記憶がないのに」
「よく考えるのじゃな。おまえさんの友達が真実、ドラゴンの創造主であるなら、おまえさんになにかをしでかす必要はないのじゃ。迷宮に対する、なにがしかの思惑があるなら、じかに、管理者であるドラゴンに命じれば良い。そもそもあの迷宮を作った御仁なのじゃ。わざわざ我々の不審を買う必要はない。そうじゃろ?」
落ち着いた口調で言われた内容が、ゆっくりと僕の頭に浸透していく。
その通りだ。
むしろ、ギルド長に説明されるまで、こんな事実に思い至らなかった自分を、どうかしてる、と思い直した。右手が動いて、くしゃりと前髪を掴む。
なんだろな。どうして僕はこんなに、不安に踊らされていたんだろ。
「では、なぜ、あの人は僕の記憶を奪ったんでしょう」
ポロリと口から不満が転げ出た。怒りではない、不満だ。
そうか、と僕は気づいた。記憶を奪われたことに対して、僕は確かに、不安を抱いていた。それでも、貴公子によるものだと知っても、怒りまでは覚えなかった。
ただ、不満はある。
僕はなにかを知ってしまったんだろう。おそらく貴公子にとって知られたら都合の悪い事実を。だから、貴公子は僕の記憶を奪った。ひどいじゃないか。僕は、友達の秘密すら守れない人間だと、あの人は判断したということになる。それってひどいじゃないか。
僕は友達の秘密くらい、なにがあっても隠し通すのに。
(あるいは、こんな僕でも、他の人に隠し通せないほどの秘密を知ってしまった……?)
いまさらになって、僕が記憶を奪われた理由を気になり始めた。
そんな僕の様子に苦笑を浮かべて、ギルド長が言う。
「そして、おまえさんの友達を拘束しないという判断は支持しよう。じゃが、本当になにもせぬわけにはいかぬぞ。少なくとも、なぜこの街に留まっているのか、その目的くらいは把握しておきたいし、なにより、かの人物を見極めなければならぬ」
その言葉に惹かれて顔を上げれば、ギルド長はニンマリ笑った。
「いっそ、宝箱管理室の一員として勧誘するのもありかのう」